名前のイメージ問題 その2

思いがけず、似た題材で別なアプローチから書きたいことが
出てきてしまいました。
ノリは…重いんですけど、ちょっと書きたいことなのでお付き合い
いただければ幸いです。
 
慢性疲労症候群という病気がありまして。
病態等々トーシロのわたしがここで書くのも違うと思うので
もし興味がおありでしたらぜひググっていただきたいのですが…

どうでしょう? 慢性疲労症候群。
どんな症状だと思います?
 
慢性的な疲労でしょ? 現代社会に生きていりゃ疲労なんて誰だって
ありそうだけど…
 
普通の感想だと思います。

ただ、罹患している人の日常における苦労を読むだけで、その病気の
怖さが見えてくると思います。
患者団体では重篤度が伝わらないということで、慢性疲労免疫不全症候群
という病名としている場合もあるそうです。
 
少し脱線しますが、関連する話として。
CAEVEという病気も、慢性疲労免疫不全症候群の一部に含まれて
いるのですが2015年に逝去した声優の松来未祐さんが罹患した
ということで、後にテレビ番組で紹介されたいたこともありCAEVEという
略語はもしかしたら聞いたことがあるという方もいらっしゃるかも
しれませんね。
 
話を戻しますが。
 
病名だけでは、症状が見えにくいということが、時として人を傷つける
言葉の刃物なんだよなぁという事実が、知られていないのか
誰もが知っていて無視しているのか、無邪気に言えば何でも許されると
思っているのか…
(最後が一番悪質、知っていて無視しているほうが悪意が明確なだけ
 まだマシ)
 
また話がずれてしまった。
 
例えば新聞のお悔やみ欄。
基本的にあれは遺族が書くものなので、死因って直接の死因を書くと
思うんですけど、肺がんになって闘病の末に亡くなったとして
わたしの個人的な感想なのですが「肺がん」という記載よりも
あくまで例としてですが「呼吸器不全」とか「心不全」のような書き方が
多いような気がするんですよね。

わたしの父も、がんを罹患して亡くなりましたが、診断書の死因は
がんではなく別の病態(という書き方でいいのかわからなくてすみません)でしたので。
 
何が言いたいかというと、お悔やみ欄に書かれるような病気でないなら
死の危険はないから、笑ってもいいしネタにしてもいいし馬鹿にしたって
構わないという風潮が死ぬほど嫌だし苦しいってことなのです。
 
自らの意思で死を選ぶ人は、他人からすれば些細なことでも死を選択する。
他人の病気…仮にそれが生命に危険を及ぼすことがほぼないとしても
笑っていい権利なんて誰にもないと思うのです。

わたしも、まぁ…適応障害だったりうつ病と共存していますが
ちょいとほかの症状がプラスされてね。

ある症状は「死なないから」という理由で笑われたりしていますけどね。

辛いのは自分。
辛いのは伝わらない。
辛いのに、その症状じゃ死なないから笑っていい。
笑われているのがつらいから死にたい。

その想像力を持ってくれませんか?
想像できないなら、どんな症状だろうと笑わないでください。

笑い声が、生きる気力を奪い去るのです。

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