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就活日記


私の就活は、結構変わってたと思う。


まず50社に落ちた。

東京のキラキラ企業ばっか受けてたら
何もない空っぽの自分だと突きつけられて痛かった。


そもそもそんな絶対に行きたい企業なんてないし
軸だって特になかった。

でも3月から一斉に始まる就活の波に
ただ追われるプレッシャーから解放されたかった。


最初は、人材系とか営業職を受けてたと思う。


今なら絶対辞めろと思うのに
文系は事務嫌だったら営業だろみたいな
安易な考え方だった。

選択肢を知らないというのはあまりに脆い。


大手企業には何故か惹かれなくて
それよりキラキラした企業に行きたかった。

どちらかというとキラキラした社員になりたかった。


バイトもそこそこ経験して
マネージメント業務とか学生団体の幹部とか
やってたから調子に乗ってたんだと思う。


余裕で受かると思ってた面接が
毎日お詫びのメールが届くのは
言わなかったけど相当面食らってたと思う。

何より、友達からの受かった報告と
まだ自分は1社ももらってないという焦り
プレッシャーが半端なかった。


それでも志望企業を下げることなく、
自分なりのキラキラ企業を受け続けた自分は
すごいと思う。


6月になってもまだ1社も受かってなくて
父親から「まだ受かっとらんのか?」と聞かれたときに
堪えてた涙が溢れ出した。

その日は何も就活せずに
ずっとずっと寝てた罪悪感や焦り
色んな感情が混ざって、止まらなかった。

その時、初めて自分が
こんなに追い込まれてたんだと気づいた。


それまで、私は前向きだと思い込んでいたから。


こんなことで泣くなんて、
おかしい、と自分でも思った。


7月になってさすがに
志望企業を下げ始め、ここに受かっても絶対行きたくない。みたいな企業も受け出した。


(あの時の基準って、ほんとなんだったんだろうなあ。)


とにかく安心したくて、
とりあえず一社の安心が欲しかった。


それは、受かった。


受かった連絡が来た日、
友達と買い物してて
めちゃめちゃ喜んで、
自分へのご褒美に一万円のワンピースを買ったのを覚えている。


ほんとに、嬉しかったなぁ。


でも私はその時第一志望が他にあって、
そこに入りたい!の意志が強かった。


なんでそこに選んだかわからないけど
どこから見つけたのかも覚えてない。

でも初めて企業説明会を受けた時、
一目惚れした。


それは名も馳せたキラキラ企業ではなかったけど
これから拡大していくであろう
面白みのある興味深い企業だった。

なにより会社説明会なのに日本のこれから
について話してくれたのが
初めてで、私は惹かれた。


でもそこには落ちてしまった。
最終面接だった


もうその時のショックは計り知れなかった。
その時たまたま友達ん家にいて、
これからどうしようかと真剣に考えたものだ。


その日家に何も言わずにそのまま友達の家に泊まったら
捜索願い出されそうなほど、
家族に心配をかけた。


でもまぁ一社受かってるし、、
と納得しようとしていたが


ある時友達と遊ぶ待ち合わせをしてたら
急に、「ダメ元でもっかい連絡しよ。」
って思い出して、

たまたま知ってた
人事の連絡先に、メールで
熱い文章を送った。


それがたまたま人事の部長さんで、
いつもならスルーするんだけど、、と
社長に直談判して繋げてくれたみたいだ。


ほんとうにありがたい。


そしてもう一度
最終面接を取り付けてもらい、
ドキドキしながら
面接が行われた。



合格だった。



他にも2、3人で迷ってたみたいで
私は外されたはずだっけど

奇跡が起きた。



いまでもこの事を思い出すと
すげえなあ。ってほんと思うんだけど
こんなことあるんだな。って


そこに入社して4年目。


日々感謝して過ごさせてもらってる。


あの時、送らなかったら
あの時、合格してなかったら
あの時、面接を受けずに寝転んでたら、、


色んな奇跡が積み重なって
でもそれが全て必然だったんだと。



そんな奇跡の中に生きる日々。



きっとこれは分かりやすい出来事だけど
私たちの周りにはそんな奇跡が
いっぱい散らばってるはずなんだよね。


ってふと思い出して
懐かしく投稿。



就活生のみなさん、がんばれ!



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