2024年3月 人間ドックから診断まで

まずは病気が見つかった時のことから振り返る

人間ドックで追加検査の提案

毎年受けている人間ドック、胸部レントゲンと撮った後に個別で呼び出される。ここでの健診を受けるようになってもう10年近くになるがこんなことは初めて。胸部に気になる箇所があるからメニューにはないCTを追加して撮らないか と医師からの提案。提案を受けてその直後にCTを撮影してもらう。
昨年から体調がずっと低調だったのだが(これについてはまた別途投稿しようと思います)何やら思い当たる節がワラワラと不安と共に降ってきた。
今まで健診で不安になることはないくらい自分の健康には自信があったが、今回は違う。検査技師の動き一つ一つにドキドキする。

CTの結果

人間ドックから2日後の午前中、病院から電話。結果を聞きに仕事をざっとまとめてその日の午後に受診。
右肺に30mmほどの影。その周辺にも小さなものがいくつか。そして右側の肺下部分に胸水もある。その辺りと腰にここ半年ほどずっと痛みがあった。いくつかの可能性を聞くも、肺がんの可能性が多そう。一番怖いのは転移。
CTを経て要精密検査とのこと。

ただ、とにかく不安だし怖い、逃げたい(当時の日記より)

精密検査入院:気管支鏡検査/胸腔ドレナージ 

CTの結果を聞いた足で近所の総合病院での受診を予約。混んでいたが次の週に受診し、その次の週に気管支鏡検査のための検査入院、その後のPET CTの予約を取る。受診時の血液検査にて、腫瘍マーカーの値から悪性腫瘍の可能性高いようで、いよいよ がん の二文字がリアルになってきた。

一泊二日の検査入院。子供が生まれてから初めての外泊になる。なかなか仕事で出張に行くことができなかったりもしたが、こんなことで初めて子供たちと離れて夜を過ごすことになるとは。
気管支内視鏡で検体を採取、検査に回す。細かいスプレー状の麻酔を何度も擦ってゲホゲホ… オエオエしながら内視鏡終了。麻酔で少し寝てたかも?もうよく覚えていない。
翌日、(聞いていなかったが)胸腔ドレナージで胸水を抜く。背中に麻酔を打った後に再度注射をして水を抜く。これがつらかった… みるみるうちに血の気が引いてきて気を失いそうになった。200mlほど抜けた。これも検査に。
その後のレントゲンで胸水を確認。まだ残っているが少しは減っているようだった。退院し、入院中に話された詳細については子供の前ではできなそうなので夫に話すのは明日、もしくは明日の診察時でいいかな、心の準備はしてもらっておいたほうがいいのかな、悩む。
夜、背中を見ると、胸水を抜いた場所からもっと下の右腰部分が色が黒ずんで少し窪んでいた。そこは触ると鈍い感色がずっとあって揉んでも手応えのなかった場所でもあった。 

精密検査:PET CT

検査入院の次の日、PET CTを受ける。なかなかな検査だった。この時代に2時間ほど携帯も本も見ることができずボーッと待機することが地味に大変。約120分の沈黙。検査終了時点で半減期をむかえるけど、今日1日はあまり子供に近づかないように気をつける。

検査結果

検査終了後夫と合流し、その時点で出ている検査結果を聞く。

肺がん 背骨に転移 胸水にもがん細胞あり ステージⅣ

メモを取るために開いた手帳、「肺の中、腺がん、背骨の中、Ⅳ、抗がん剤、放射線」ヘロヘロした文字でのメモにもならないメモ。ほとんど書いてなかった。
夫と手を繋ぎながら話を聞く。

帰宅後そのまま実家へ。両親にまずは報告。協力をお願いして、自宅に戻ったところで声を上げて泣いてしまった。
そんなこんなしてたらあっというまに保育園のお迎えの時間になり、夫は子のお迎えに。その隙に会社のボスに電話。現時点でわかることを隠さず話すも、自分の不甲斐なさに思わず泣いてしまった。引き継ぎは最小限で良いとのこと。ありがたい。

PET CTをやった今日のうちは私から微量の放射線がでてるそうなので、子供とは念の為距離を置く。余計なものも触らないようにすごす。夫もがんばってご飯の準備もはやくできた。
お風呂は母にヘルプ。姉には早々に伝えたよう。
今夜は放射線があるので子供たちを寝かしたのち隣の実家に移動。父にこれまでの経緯と病気の詳細を伝えて亡き祖母のベットで寝る。

長い1日だった。明日も慌しいだろう。
検診で指摘されてから診断が出るまでに16日。思いもよらない展開ではあるけれど、とても早く進められていると思う。


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