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【11】あのときの銀のヒール


久しぶりに訪れたホール。コロナがはじまった頃、動画作品を撮ったときぶりにお世話になる。あのときから、ずいぶんと時間が流れたなぁとしみじみ。不思議なもので、ホールの香りは、いつ行っても、その場所特有の香りがする。肺いっぱいに空気を吸い込んで、あのときぶりの空気を感じる。ただいま。やっぱりこの数年間はふつうじゃなかった。いろいろなことが制限されて大変だった。次の出番待ち、舞台袖で人の演奏に合わせてサンバを踊る。どうやら、舞台さんには、わたしたちがダンサーのようなふるまいにみえたようだ。不思議そうに笑っていた。鏡を見てふと思う、わたしの演奏用の銀の靴には、演奏するだけだったら、ふつう傷がつかないところにたくさんかすり傷がついている。いつもステージで動き回っているからだろう。あのときもわたしは銀のヒールを履いていた。まだピカピカだった。本番が終わって、帰り際、スーツケースにヒールをしまおうとして、ぼろぼろな銀のヒールを見てもう替えてあげないと、と思った。かわいそうだと思いつつも、あのときからを共有している銀のヒールに愛着が湧いて、簡単には捨てられなかった。

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