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53 現実からの逃亡

大学四年生の冬。授業や卒業試験がひとしきり終わり。これからが、社会人本番というところで、音楽することに疲れてしまったので、卒業式までの間、母の実家、フィリピンの家に隠居した。語学学校に行く名目で、フィリピンにいったが、本当は、現実から離れたかったのだ。音楽大学の競争に疲弊していた。

フィリピンでの暮らしは、日本よりも快適だった。家にはお手伝いさんがいて、三食ご飯は出てくるし、おやつも作ってくれる。家事も基本的にしなくていい。私は裏庭にある山小屋で、昼寝をするか、英語の課題をするくらいしか、やることがなかった。楽器も一応持っていった。でも、練習する気がせず、四年間でおそらく、はじめて楽器を吹かない日を経験した。楽器を吹かない日は、罪悪感でいっぱいだったが、なんの問題もなかった。もし私の人生にフルートがなかったらと想像した。家に長い時間いるのも退屈なので一人でジプニーに乗ってあちこち遊びに行った。

交通手段の主流は、ジプニーだ。ジプニーには特に料金表も書いてない。暗黙の価格設定があるらしく、それをなんとなくそれを、共有して運営されている。ジプニーに乗るとまず運転手に人数と行き先を伝える。お金を差し出すと、乗り合いの乗客が、そのお金をリレーして、運転手まで届けて、お釣りがあれば、また乗客からリレーされて帰ってくる。ジプニーは市民の善意で成り立っていた。タクシーの密室よりずっと安全だった。

知らない土地で体験した微笑ましい行為は、練習をずっとし続けることよりも、価値があった。不器用すぎて、練習と生活のバランスを上手に取れない。音楽することは、大好きだけど、音楽のために、日常の体験を無駄にしてしまうことが、もったいないと感じていた。2ヶ月ほどの滞在を終えて真っ黒に日焼けした状態で、袴を着て卒業式に参加した。卒業はできたけど、達成感とか、喜びはあまり感じられず。もやもやしたまま、社会に放り出された。


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