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青い世界に誘われて

それは2009年。中学生だった私は勉強机に向かいながら大きなため息をついて絶望していた。

「なぜこの世界はこんなに醜いの・・・」

何か深刻な悩みを抱えているのかそれともただの中二病に罹患しただけかと思われそうな台詞ではあるが、そんなものではない。ジェームズ・キャメロン監督の「アバター」を映画館で鑑賞して現実に帰ってこられなくなっていたのだ。

映画館で見たいきさつはよく覚えていないが、恐らく母と買い物に行きついでに見て帰るかみたいな軽いノリで見たのだろう。だけどそれが心を奪われ後々まで掻き乱されることになるとは予想していなかった。

すでにご存じの方も多いと思われるが、「アバター」は下半身不随の元海兵隊員ジェイクが地球から遠く離れた惑星パンドラで、死んだ双子の兄が参加するはずだった計画に急遽加わり、冒険と出会いを通じて惑星を揺るがす大きな戦いに身を投じていくSF映画だ。人間は青い肌をしたパンドラの先住民・ナヴィと人間のDNAを組み合わせたアバターにリンクすることで肉体を操作し、過酷な環境である惑星の開発やナヴィとのコンタクトを図ろうとするが上手くいくわけもなく、ジェイクも最初はナヴィとパンドラの環境を舐め切っていた。しかし森で出会ったネイティリから文化や生活を学ぶうちに彼はパンドラとナヴィ達に深い敬意と愛情を抱くようになっていく。

私もジェイクと共に生まれて初めてパンドラに足を踏み入れ、ジェイクの目を通してナヴィの文化を知っていった。映画館の座席に座っているのに私とジェイクはイクランの背中に乗って大空を自由に飛び回っている。時折、彼が現実では車椅子に乗っていて空を飛ぶことも歩くことさえ出来ないのに気づくと私もハッと我に返った。「アバター」が体験する映画だったのはこういうところだったのではないだろうか。キャメロン監督が創造した世界=パンドラを観客に案内するために、ジェイクというアバターを用意し彼の目を通して私たちに見せてくれたのだ。

「恋したんだよ。この森に、そして君に。」
ジェイクと同じようにパンドラに魅了された私は暇さえあればずっと「アバター」のことを考えていた。目を閉じれば鮮やかで時々危険な目にも遭遇するけど美しいパンドラで過ごした時を思い浮かべる。似たような風景を求めて本屋に行ってジャングルや海の写真集を捲ったり、アマゾン川を下るドキュメンタリーを見たけどどれも私の心を満たしてくれなかった。全てを包み込んで記憶する惑星の魅力に勝てるものは地球上に存在しなかったし、ナヴィの肌より美しい青色も見つけられなかった。

私はつまらない世界を恨めしく思いつつ日常をやりすごし、時々アバターのDVDを見ては乾いた心を慰めるというなかなかキマッてる少女時代を送った。だけど「アバター」をしっかり見たおかげで洋画を好きになったし、自分で小説の設定を書くのがささやかな趣味になった。特に世界観から細部にこだわって作るのはキャメロン監督の影響が大きいと思っている。私の場合力不足で最後まで書けたためしが無いが、その分クリエイター達のすごさを尊敬できるようになった。あの映画を見たから私は物語の世界が人の心をどれだけ潤してくれるのか分かるようになったのかもしれない。

あれから13年。私も大人になり忙しく毎日を送っていた時に続編「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」が公開されるという一報が入り狂喜乱舞したのは言うまでもない。またパンドラでジェイクとネイティリに会える、しかも彼らの子供たちと一緒に冒険ができる日が来るなんて!少し不安と期待が入り混じっているけど、あの美しい惑星の森と海へ帰れるのが今から楽しみで仕方ない今日この頃だ。

 




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