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なんのためになにと戦うのかー100マイルレースのためのフルマラソン

 2015年の東京マラソンぶりにフルマラソンに出た。

 少し前に依頼された仕事で、
「ロードからトレランを始めた理由はなんですか?」
と聞かれ
「走っていたけど近所を5kmひとりでジョギングしていただけです」
と答えても、しつこく
「ロードからトレランをやる人が多いんですよね?マラソンは何時間くらいですか?」
と聞かれた。陸上競技出身とか元実業団とかそういうことならまだしも、近所を5km走ったら″ロードの人”なのか。わたしはロードの人じゃない。フルマラソンの大会には2回出たことがあるけれど、山やトレイルにハマった後のことだ。それを何度も説明したけどわかってもらえなかった。

 ちなみに、打ち合わせの中で"じゃあ◎◎というテイで~”というわたしがいちばん好きじゃない台詞を何度も言うので不信感を抱いていたら、案の定その後の進行やコミュニケーションがあまりに失礼極まりないものだったので、そのお仕事は丁重にお断りした。

 「ロードやってる」「ロードの人」「トレイルの人」「山とか走っちゃう人?」そんな会話にうんざりすることもある。


100マイルレースのためのフルマラソン

 さて、4年ぶりのマラソンは、“マラソンを科学する”つくばマラソンだ。
そもそもマラソンにエントリーしようと思った理由は、夏に出た100マイルレースのためだった。

 わたしは平和で平凡な部活動や習い事しかしておらず勝ち負けのあるコミュニティで生きてこなかったおかけで、(他人に)勝ったり負けたりを考えるのが苦手だ。でも、自分への勝ち負けにはこだわりたい。それも“勝負レース”と呼んで良いならば、今年は8月に出たイギリスのNorth Downs Way100だった。

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 走れる100mile、獲得標高はわずか3300m、制限時間は30時間。トップは15時間くらいで走る超高速レース。もはやウルトラマラソン並み。トレイルランニングにおいては、どちらかというと登りが得意なわたしがこれまで経験したことのないタイプのレースだった。

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 好きで走っているから、“練習”なんてきらいだし、いつでも楽しく走っていたい。気兼ねなくいられる友達と走るのも好きだし、1人で走るのも好き。自分のペースで走るのは得意で、1人でいくらでも走っていられると思う。このあいだLSDしたと言ったら距離を聞かれたので80kmと答えたら、足が痛くなったり怪我したりしないのかと言われた。でも、毎日365日歩き続けていてもそれだけでは足が痛くなったり怪我したりしないのと一緒で、そうならない程度のスピードでしか走ってないし、休憩したり座ったりもして走っているだけだったりする。

 そんな調子だからなかなか走りかたを変えられない。変えなくたっていいけど、もう少し楽(ラク)に走れたら楽しいかもしれないし、変えてみたらなんか面白いかも、と思ってNDW100を選んだ。トレイルランニングをはじめてから6年くらい経って、仕事以外でエントリーするレースは年に1本くらいになっていて新しい面白さを求めていたのもあるし、長い縦走中に「あ~ここ走ったら速いのにな~」と考えすぎて走りたくなったというのもある。で、この超絶走れる(走らされる)NDW100を気持ちよく走って完走するために、普段の走りかたを変える必要があった。

 そこで走らないわたしが走るには、とりあえずレース完走とは別の目標をもうひとつ設けてみようということで、マラソンにエントリーすることにした。やるからには!と言ってSUB3.5なんていう背伸びすぎる目標を掲げて。これはわたしとわたしの戦いだ。(私のPBは4時間1分)


いつもよりちょっと速く走るようにしたら、ちょっと痩せて、ちょっとずつ速く走れるようになった

 目標を掲げてみたのはいいが、やっぱり”練習”は苦手で、特に小難しいことはできなくて、セオリー通りのことさえできなかった(インターバル、ビルドアップ、ペース走、30km走など)。やったことといえば『いつもよりちょっと速めに走る』『たまに結構速く走る』『たくさん走る』だ。だれにでもできる。あとは週1回のパーソナルで体幹トレーニングも続けた。

 走るスピードは、体感的に、だ。いつもだいたい朝か夜(あるいは両方)に10kmくらいを、走りたいから走っている。6分30秒/kmくらいで走っていたけど、これを5分30秒/kmくらいにしてみた。いきなり1分も短くするのかよ、って言われそうだけど、そもそも10kmだけなら5分30秒/kmくらいで走れるのに6分30秒/kmくらいで走っていた。というか、普段のジョグでスピードなんてほぼ見ていなかった。だって気持ちよく走っていただけだから。

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 5分30秒くらいで走るようになったらちょっとだけ痩せた。そもそも昨冬にどえらい太りかたをしたので、痩せるのがスタートだった。キン肉マンスタンプラリーをぜんぶ走って制覇する(200マイルくらい)というロング走をしても痩せなかったのに、ちょびっと速く走るという方法でなかなか落ちなかった脂肪がちょっとだけ落ちた。そしたら身体が軽くなったから、5kmなら5分/kmペースで走れるようになった。

 そこからしばらくたった頃、取材の関係で持久力測定とフォーム測定をしてもらえるという最高すぎる機会があり(!)、自分のLT値を知った。週に2〜3回は5分/kmをちょっと切るペースで1時間くらい走ってみてはどうかというアドバイスを受けた。定量的に自分の走力を見たのは初めてで、そこからちょっと意識して普段のジョグは5km前後のペース、週に1回はSUB3.5のTペースで5〜6kmを走った(自分の閾値よりも速くて苦しく、閾値走としては間違っているので意味はなかったかもしれない)。ごくたまに全力疾走してみたりもした。

 ロング走は相変わらず好きで、月に1回は(レース含めて)40〜100kmを1~2回。そんな感じで夏から秋を過ごした。月に2〜3回友人達と10kmほどゆるっと走っているけどあとは1人で走った。みんなで日々切磋琢磨して、みたいなこともなく。練習プランも特に決めずになんとなくやってみた。


フルマラソンSUB3.5を意識しはじめてから半年後に走った100マイルの結果

 そこの変化に対する効果がよくわからないまま、半年後の9月にイギリスのNDW100を走った。周りは案の定、超高速で、30kmで一度足が終わった。ロングの経験を活かして補給と休息で回復を試みながら、走りに走りまくった。ずっと脚が攣った状態で悶えながら走っていたのに、最後6kmを猛ダッシュするという地獄の展開だった。ラストのロードで5分/kmを切って走れたのは『ちょっと速く走る』の効果かもしれない。

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 密かな目標としていた「24時間以内で走れたらいいな」という自分との戦いには破れたものの、楽しく走れたし、結果的には女子4位で終えたことで、マラソンを走る意味を失ってしまった。そのほかにも今年出たレースがマニアックだったおかげで入賞がついてきて、『次も入賞狙ってるの?どのくらいのタイムで走るの?』なんて聞かれるようになって、どんどん気持ちが疲れていたし、いままで人生で1度たりとも言われたことのなかった「走るのが速い」という超底辺中の底辺なわたしにそぐわない言葉に違和感しかなかった。わたしの行ったレース、行ってみてほしい。国内のトレイルをそこそこ走っている人なら、たぶんだいたいの人が入賞できる。全然レースに出なかった昨年の反動で今年はたくさんレースに出た。トレイルランシーズンのスイッチがオフになったとたんに、次々とやってくる大型台風のごとく体調をくずした。ますますマラソンへの気持ちが遠のいた。


みんなはなんで走るのか、いったい何と戦うのか

 フルマラソンってそこそこ辛い。楽しく走るの~!ファンランだよ~!と言っても、そこそこ辛い。だって42.195kmも走るわけだから。歩けばその分時間は長くなるし、走ったら走ったでしんどいし。戦うみたいな意識はないかもしれないけど(笑)でも、レース中はたしかにつらさを乗り越えながら走るわけで、娯楽ともまたちがう。多くの人がこんなにもマラソンに魅了されるのはいったいなぜなんだろう。みんな、なぜ、マラソンにエントリーしたんだろう。

 タイムや順位のことばかり考えるなんて、(わたしにはあくまでわたしには)何がどう楽しいのか、わからない。トップ選手ならライバルがいると思う。”良きライバル”的な存在がいてこそ燃える人もいるかもしれない。でもわたしはだれかと戦いたくはない。心が疲れるからできるだけ争いたくない。ライバルがいなくても着火剤は自分の中にある。満足できたかどうか。楽しめたと言えるかどうか。走りかたを変えるのは楽しく、少し景色が違って見えたりもして、そしてトレイルで結果もついてきたもんだから、走らずして目的を果たしてしまった。

 肩や腰を痛めたり、帯状疱疹になったり。体調がすぐれず日々のランニングも控えめのなかで、マラソンに出るのか。そういえばエントリー当初に目標にした3時間30分切りをできなかったとして、“体調がよくないから”なんて言い訳したくない。それって楽しくない。タイムにこだわらないなんていいつつも、自分に負けた感できっと落ち込むんだろうな(矛盾)。SUB3.5は諦めると言っておくことで疲れた気持ちを少しでも和らげた。友人から「やる気がない」「競争だと思ってたのに」と言われたので「いいの、とりあえずのんびり走る」と答えた。コンディションいまいちだったら、走るのをやめよう。


雨のつくばマラソンはトレイルランナー向き?

 そんな気分の時に、「まぁまぁ、とりあえず当日朝に考えればいいじゃない。走らなくったって責めないし、走ってみたらすごく調子が良いかもしれないよ。」と友達が背中を押してくれた。DNSしたらエントリー費がもったいないけれど、たしかに趣味なんだからそんな落ち込むことでもない。もっと気楽でいいなと思い直した。遊びと仕事が重なる生き方をしていると、時にあれもこれも深刻に考えてしまう。切り替えができなくて義務感や責任感みたいなものを感じたりもするけど、実際にはだれもわたしのそんなことには興味がない。

 前日から雨がひどく、当日も雨予報だった。Twitterで「雨のマラソンってどうすればよいの?」とつぶやいたら、色んな人があれこれ教えてくれた。走る時用にはゴミ袋をカットして頭からかぶり、スタート前は冷えないようにその上に100均レイン、スタート前にシューズが泥だらけにならないようにコンビニ袋。ファイントラックのグローブにビニール手袋。寒さには、ニューハレを貼る以外にワセリンを塗って水を弾くようにした。これで濡れや冷えを最小限に抑えられたと思う。もちろんガーニーグーで足裏トラブル対策も万全。

 早朝は小雨だったのにスタート時にかなり雨足が強くなり、足元は水たまりだらけだった。でもそんなのは天気の変わりやすい山で行われるトレイルランニングではよくあることで、むしろ「涼しくていいな」と思っていた。

 つくばマラソンは仮装ランナーが少なく(禁止されてはいないようす)、みんなストイックでスピードも速かった。どういうわけか2ブロック目だったので、3時間20分~3時間30分くらいのエリアだったのだと思う。周りの流れと共に走っていると、どう抑えても4分40秒/kmくらいのスピードが出てしまう。いつもなら5kmでへろへろになるペースなのに、うまく4分55秒/kmくらいに抑えられない。こんなんじゃ、すぐに足が売り切れそうだ。

とりあえずSUB3.5のペースでどのくらいまで走れるかやってみる。もしきつくなったらそこからゆっくり走ればいい、4時間以内を目指そう。その欲のなさが功を奏したのだと思う。

 自分の走りに冷や冷やしながらも、集団にまぎれて走るのは気持ちよかった。時折良いペースの人について引っ張られるように走るのも面白かった。雨なんて気にならず、暑さよりはずっとマシだった。沿道は少ないけれど、熱烈な応援も良かった。目をしっかり合せて「いいよ!そう、あなた!すごくいいよ!」と大声で言ってくれた人がいた。走ることも走る人も応援もレースも含めて、あの人はマラソンが大好きなんだな、って思ったらなんだかちょっと感動した。そうこうしているとあっという間に10km、20km、25kmと過ぎていった。フルマラソンって短いな、そんな風に思いながら走った。コース脇では、トボトボと逆走しているA、Bゼッケンのランナーがたくさんいた。寒さだろうか、あるいはこの後もツメツメのシーズンだから早々に止める選択をしたのだろうか。


30km以降は持ち味の忍耐力と復活の儀で

 意気揚々と走っていたが、フルマラソンはそんなに甘くはないらしい。補給と電解質は十分すぎるくらい摂っていたはずだけど、明かな走力不足と練習不足で30kmくらいからわかりやすくペースが落ちはじめた。周りにペーサーを探して走ってみるものの、周りもどんどんペースが落ちていてちょっと笑ってしまった。みんなつらい。だけど脚を止めたら終わりだ。「撃沈上等」だっけな?そんな文字を背中に背負って歩いている人もいた(撃沈しちゃってるやーん)。35kmの壁っていうやつね、ふむふむ。いままで2回のフルマラソンではネガティブスプリットで後半の壁を感じたことがなかったから新鮮だった。

 そこからは、自分との戦いだった。戦いというか、どこまで耐えられるか興味があった。20kmくらいから気になっていた右ふくらはぎが30kmくらいから攣り始め、ずっと攣った状態で走っていた。2回ほど立ち止まって押したけど、最後はもういいやと思ってそのまま走った。どんどん落ちていくペース。応援されると上がるペース(笑)。山と違ってフラットだから、ちょっとした気分に影響されやすい。ほんの1、2秒が積み重なるだけで結果が違ってくる。最後の最後まで、たった2分の猶予に翻弄された。

 たかが2分、されど2分。歩いた瞬間にその2分を失うし、なんなら給水も、人を避けるのも、影響する。朝、会場に向かう駅で我先にと人をかき分けるランナーを見て「こんなところで1秒を削りださんでも」と思ったけど、レースで神経質になる理由がわかったし、それが染みついてしまっているんだろう。数分なんてトレイルランニングのロングだとエイドで水をボトルに入れている間に過ぎていく。トレイルでは何十分、何時間と睡眠を取ったり、ベンチでカップ麺をすすったりするのを思い出しては可笑しかった。どうやらわたしは、頭を真っ白にして秒との戦いをするのには向いていないらしい。

 なんのきっかけがあったわけでもないけれど、40kmからの最後2kmは「復活」というトレイルのロングでは恒例の儀式がやってきた。道幅が狭くなり、タイムを狙う人達が戦場のように人をかき分けて盲目に走るので、ぶつかったりしてうまく走れなかったものの足はものすごく軽かった。坂道もぐんぐん走って登れたし、残り200mは全力ダッシュした。こんな時には持久力も役に立つもんだな。

記録 3時間28分09秒(ネットタイム 3時間27分40秒)

欲と戦うことを放棄したら、おもいがけなく目標達成できた。
なんのためになにと戦っているんだか。たぶん、わたし戦わないほうがいいんだな。なにごとも、″ほどよい”のが良い。楽しむのがいちばんだ。

100マイルに効果があったかどうかは結局わからないけど、トレーナーの石井さんが

「有言実行、素晴らしい」

と褒めてくれたその一言で充実感がドッと押し寄せた。走ってよかった。

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