共感性羞恥と、同調圧力。
進撃の巨人のネタバレを回避して生きるの辛いですね。
月曜日の図書館です。
今日は、どうして共感性羞恥になってしまったのかを回顧。
ひとつ思い当たる節がある。
国語の授業で、「この時の主人公の気持ちを30文字で書け」という問題が苦手だった。
知らね~~~~~!
小学生の私は、人の気持ちに興味がなかった。
泣いている子がいても、誰かがそばにいるし大丈夫だろうと思っていたし
かぜで休んだ子に大丈夫って声をかけなくても治ったから登校してるんだろうと思っていたし
お菓子はみんなで分けないとめちゃくちゃ嫌な顔をされる理由も全部分かっていなかったのだ。
結果いじめにあったし、嫌われることが多かった。
とたんに生き辛くなったので
泣いている子に声をかける、体調の心配をする、お菓子はみんなで分ける、を実践した。
結果、冒頭の国語の問題を解けるようになった。
見事に同調圧力に心臓をささげたのだ。
昨今は問題になっているが、当時の私にはこれがないと人権が無かった。
子どもの世界は狭くて小さい。学校は壁の中、教室はシガンシナ区。
ということで、人の気持ちを推し量ることは処世術になった。
人の気持ちに自分の気持ちを重ねて考えるような癖がつき
人のことなのに自分のことのように感じてしまう共感性羞恥人間が出来上がった。のではないかと思う。
同じような人がいるかもしれない。そうだと嬉しい。
あなたはとても優しい人だ。マフラーを巻いてくれるから。
それでは、そろそろ出勤時間なのでこの辺で。
月曜日の図書館より。
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