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推定「あの味」こづゆ

新年を迎えて3日目、今年もせっせとこづゆを作る。

0時を軽く回っていたから正確にいえば4日だけれど、わたしの生活サイクル的にはギリ3日にこづゆが完成した。


こづゆ、は、故郷の郷土料理。

あまり料理が得意ではなかった母がお正月には必ず作っていて、どんなに急かそうと必ず3日だったものだから妙なところを受け継いでいる。


なぜに急かすか?
答えはいたって単純。好きだったからだ。
おいしいんだよ、こづゆ。


だから、こづゆの作り方だけは覚えておきたくて滅多にしないお手伝いをしたりもしたような…あ、味付けだけだったかな?


実家の味付けは完全に母の目分量で、しかもどこかの誰かからもらった大五郎みたいな大きさのだし醤油的なものに頼っていたから、揺らぎが大きかった。


それでもたまーに「あれ?」っていう味だったりしたから、そろそろ味付けだなっていう時間にふらりと台所に行って(好みになるように)味見役をしていたのだ。


自分でも作れるようにという思惑もあったけれど、そもそもが大五郎風だし醤油&目分量なわけだから、いざ作ろうとしたらネット検索した調味料をベースに実家の味に近づけていく作業を毎回するしかなかった。


そして、それも毎回目分量…何度も味見をしながら、実家の「あの味」を探っている。
その「あの味」が定まっていないのだから難易度がバカ高い。


もうひとつ、材料のひとつ、きくらげの量も今回は合格といっていいだろう。

ぬるま湯で戻すと驚異の膨らみを見せるのを毎回失念するため、下手すると祝い事には似合わないダークな汁になってしまう(ダークサイドに落ちること数回…)。


ほかの料理はほとんど料理サイトをもとにきっちり計るほうなのに、こづゆだけは全部その時の気分。


友人にはじめて韓国に連れて行ってもらった後、空港の搭乗手続きのあれこれを忘れたくなくて1ヶ月も経たないうちに再びひとりで渡韓、その後も間を置かずに行きまくったように、集中的に作って大体の分量を把握してもいいようなものだが、それもしたくない。


こづゆは決まった日に作る特別な料理であってほしい。

好きだからと何度も食べてしまったら、特別じゃなくなってしまうかもしれない。

ほかの料理よりちょっとだけ好きなちくわの磯部揚げやタコのアヒージョなんかと同レベルになってしまうじゃないか。


おそらく、毎回一からはじめて、一度として同じ味のない、味のブレまくるこづゆがわたしは好きなのだ。

これでいいのか?と自問自答しながら、醤油を足し、みりんを足し、時には水を足し、ダークな鍋を呆然と眺める時間が、すでに着席して待つ父そっちのけで母とあーだこーだ言いながら味付けしているあの時を思い出す時間で、それもまるっと含め、「特別」になっているから。


今年のこづゆは上々だ。食べながら思わず「うんま~」とひとりごちてしまうくらいに。


来年もこの味が出せるだろうか。

そうじゃなくても、それもまた、よし。


いつぞやのこづゆ


ここまで書いて、衝撃の事実発覚。

どうやら実家でのこづゆデー、1月2日だったらしい。

画像探して遡ったインスタに書いてあった…しかもその年も0時を越えた実質1日遅れで作ってた。

まぁそこは、記憶は移ろい行くものということで。

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