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「刺青の真実」を読んで

はじめに

筆者の中野長四郎さんはかつて高校の英語の先生であり翻訳家。
親友からtattooに関する洋書の翻訳を頼まれ、そこに載っているtattooの美しさに魅了されたことからその道へ進むようになる。

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世界大会優勝に至るまで

36歳のころ、熊本の繁華街の一角に家を借り、飲み屋で知り合った人たちに彫師の端くれだと名乗り無料で彫らせてもらうようになる。学校の始まる時期になると、必ず戻ってくるからと刺青の世界から姿を消して教師として働く。
そうしてこっそりと彫師としてのキャリアをスタートさせたそうだ。その頃の自分を「ジキルとハイド」と表現している。人格、風貌を変化させながら、それを行うしか無かったと。
ちなみにそのころ妻も子供もいる。

”教師から彫師への道、それこそ正反対の人生をたどろうとした狂気に近い男の船出に、幸せなど望めなかったのである。それはまだ、「刺青」という言葉そのものが、暗黒という暗がり世界を意味していたからであった。”

 家族を熊本に残して単身東京にて彫師の道へ進んだ筆者はキャリア30年弱となった2000年、ニューヨーク刺青世界大会にて見事優勝するのである。
優勝した理由をこう語っている。

"日本人の刺青が、古来より独特の技術と絵の構成技術を持っていたからこそ、外国人の目に、その特異性が認められたのだと思うのである。”

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刺青とは

ここで一旦"刺青とは何か"との章に入るのだが、"手彫り"についての説明が印象的だったので書き記しておく。

"手彫りは日本古来の彫り方で、時間もかかり、費用もかかるが、彫りの深みや重みがあり、墨が青味がかかるので、色調の美しさという点で非常に優れている。彫る深さの関係で、年月がたっても墨の色褪せが少なく、熟達した彫師にかかると、その美しさには目を奪われるほど。" 

この本は決して異世界の語りを読んでいる印象ではなく、とても理解しやすい。"刺青"が入っているわけではない私が所々納得できる説明があるのは、彫りの世界で頂点を極めた筆者が決して私たちとは別の世界の住人というわけではないということだろう。特にその芸術性に感銘を受けるという点では美術館へ足を運ぶ人々と何ら変わりないんじゃないだろうか。
しかしまた、刺青が入っているからこそ色眼鏡を通して見られる、だから人より常識的に振る舞わなければならない、とも言っている。悪感情を持って見られるということを誰よりも理解しているが故に、日本人のその滞在的な心理への洞察は説得力がとても強い。

"刺青は、取り締まれば取り締まるだけそれに反発するかのように、盛んになる傾向がある。それだけ人を惹きつける大きな力を秘めているものである。"

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tattooと刺青の違い

また、この本にはtattooと刺青の違いについての考察が多く登場する。
もちろんどちらが良いとか悪いとかでは全くなく、ただそこには歴史や思想の違いは大きくあるのでtattooと刺青の差異をはっきりつけながら刺青という文化をいかに正しく後世に残していくかという課題があるということであった。
刺青の図案についても割と細かくルールがあるらしく、全てが初耳で驚きだった。

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さいごに-刺青の真の魅力-

刺激や恍惚や憧憬といった側面と、大衆に認められない文化という相反した側面を持ち合わせる刺青という世界は私にはとても魅力的に思えた。
影の文化をもっと太陽のもとに出られるようにしましょうということは全くの無粋であり、背徳感とタブーの一面がより刺青の美しさを引き立てているらしい。
刺青を学ぶにはその表面だけでは決して語ることのできない奥深さがあるということを知ることができる本だった。

最後にこの本の最高のフレーズを書き記しておく。

"刺青というのは、神秘のヴェールから静かに、見え隠れし、その奥の奥にほのかに垣間見える、妖しくも美しい光と影を持つものでなければならない。"
"真の彫師達の人肌を刻む姿は、青の洞門にノミをふるう、禅海和尚の姿に通じるものがあることを忘れてはならない。その姿は世俗から隔離された神秘的な幽玄の美の世界である。"

まさにこの2つの文章に刺青の真の魅力が詰まっていると思った。
知らない世界をよく知れる良い本でした。


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