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別れた人との歩き方

「いったい何個目だっけ? お前にスマホケース渡すのって」

俺はそう言いながら、カウンターの端っこでスマホを凝視している女性に、持ってきた紙袋を差し出した。

「お、待ってたよ」

そう言いながらも、その視線は画面を見つめたままだった。

隣に座った俺が飲み物をオーダーし終わるころ、やっと顔をこっちに向けた。そして、その手は紙袋の中に突っ込まれている。

「機種変更したんだけど、自分のスマホの種類? モデル?がよくわからなくてさ。ケースもどれ買っていいのかわからないし。むき出しでスマホ使うのって怖くない? 一回でも落としたら壊れちゃうし」

まったく、繋がりのない会話のやりとり。

「そういうところな! 普通は最初にありがとうって言うんじゃないの?」

「はいはい、ありがとう。でもさ、私からねだってないじゃん。機種変更したよって言ったら、そっちが勝手に買ってきたんでしょ」

まったく優しくもないし、ありがたがっている様子もない。

「そうそう、俺が勝手に買ってきただけ。ケースがないと、すぐに落として画面割るヤツがいるからね、目の前に。ついでに充電用コードも買ってくるんだから、めでたいよな」

こんな会話の相手は、1年も前に別れた元彼女。

別れたときは色んなことを考えた。

元に戻ること、違う道を歩くこと、忘れてしまう事。

でも、そのどれにも当てはまらなかった二人。

そして、そんな関係になったことに一番驚いたのは間違いなく自分自身。

これまで恋人と呼べる女性は何人もいたし、相手が誰だろうが一途に接してきた。でも、どこか冷酷な部分もあって、理由がどうあれ、別れた恋人と会うことはなかったし、連絡を取ろうと思ったことも一回もない。

どこかで聞いた話。

恋人との最高の別れ方は、お互いが顔も見たくないと思うほど嫌いになって別れること。

それは、たしかにそうだと思う。だって、そうすれば、何ひとつ引きずらなくて済むんだから。

そして、俺は生まれて初めて「別れたのに会う」っていう関係に戸惑っていた。男女間の友情とか、そういうのはあまり考えたこともなかったし、自分には関係ないとも思っていたから、よけいにわけがわからなかった。

別れた原因は、彼女に気になる人ができ、俺は俺でこのまま一緒にいてもいいのか?って疑問に思い始めていたから、タイミング的には悪くなかったのかもしれない。

だから、別れ話をしたときも引き留めもしなかったし、すんなりと終わりを受け入れた。

だた、一緒にいた時間が長かった分だけ、悲しかったしお互いが涙を流したことは確かだった。

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「見たことのないネックレス」


俺が買ってきたケースを観察するように手の中でクルクル回しているかと思うと、いきなりスマホを目の前に突き出してきた。

「ねぇ、なんかさ、いじってたら検索するヤツが消えちゃったの!」

付き合ってるときから、こうだった。

どうして欲しいなんて言葉はなくて、何をしてあげればいいのかを察するのは俺の役目。

だから当たり前のように俺はスマホを受け取り、検索するヤツってのを元に戻した。

「今どうやったの?」

「たぶんこれ教えるの10回目くらいな」

返事はない。


今までもそうだったように、二人で飲むときも食事するときも、横並びのカウンターを選ぶ。意味はなかったけど、それが居心地が良かったから。

今日も俺は彼女の横に座っている。

そしてふとした瞬間に視界に入った、見たことのないネックレス。

ずっと着けていてくれた、あのネックレスは外してしまったんだな・・・

少しだけ寂しい気もしたが、それは二人の関係が変わってしまった証。

じゃあ、今は?

愛してるって気持ちは薄らいでしまった。好きなのかな?嫌いじゃないから。

でも守らなきゃっていう想いはないけど、助けがいるなら手を差し出そうとは思う。

それって、なんだろう?

気を使うこともなく、遠慮することもなく、隣にいることが当たり前のように座っている、過去の恋人。

本当に怒っているとか、気に入らないなんてことは一つもない。

だけど、俺はなんとなく言ってしまう。

「ホントに気がきかないよなぁ。普通の女の子なら彼氏彼女じゃなくっても相手の飲み物がなくなったら、なんか飲む?くらいは聞くもんだ」

「ホントだよねー。なんでだろ? 他の人には聞くんだよ、言われなくたって。だけど、あなたと一緒にいる時だけは忘れちゃう。ある意味、特別」

そう言いながらけらけら笑う顔は嫌いじゃない。

「ひとつだけ、今さら気がついたこと教えてやる。付き合ってるときに育て方を間違えた!」

「そうだよ、みんな言ってる。私がこんなになったのはあなたのせいだって。だけど、私の本当の姿は、気のきくいい子。今だけが特別」

「特別ね・・・ありがとさん」

「どういたしまして」

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「こういう関係になったからわかること」


こんなふうに、二人の関係が絶妙なバランスの上に成り立っているのは恋人同士じゃないから。

愛してるんじゃなく、嫌いでもない。

そばにいれば安心するけど、近づきすぎない距離にいる。

今まで、恋の終わりは関係の終わり。愛してないなら、離れるだけ。

そんなふうにしか考えられなかった自分より、彼女の方が一枚上手だったのかも。

だって、恋人最後の日に彼女が言った言葉が

「離れることってないと思うよ」

だったんだから。

少し酔ったとき、最後にオーダーするのは二つのブラックコーヒー。何を頼むか聞くことなんてしない。

そんな関係。

「じゃあ、またね。ごちそうさま」

お店の前で、去っていくその後姿を見送ることにもだいぶ慣れた。

俺は彼女とは違う方向に歩き出す。

すると、すぐに電話がかかってくる。

「さっき聞き忘れちゃった。あのさ、去年の誕生日に一緒に行ったあの店って、なんていう名前だっけ?」

聞きたいことを聞いたら、電話はあっという間に切れる。

これが、アイツの言う特別ってやつ。

でも、意外と悪くないって思ってる、こんな感じの別れた人との歩き方。






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