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「この時間が好き」ってだけで

3月からふたりと一匹の暮らしを始めた。今となっては、何だか絶妙な時期を選んでしまったなあと思いつつも、この状況の中で、そばに誰かいることはありがたいことだと感じている。毎日リモートワークの彼と違ってわたしは週に数回出勤しているので、不安もセットなのだけれど。

外出自粛の生活が続く中、毎日犬の散歩はしている。うちの犬は臆病な性格で、人の多い場所は苦手。だから散歩に行くのは決まって夜。毎晩、近所の公園へ行くのが日課になっている。人と会うことはほぼない。夜の公園は少し不気味で、ひとりだったら行けないだろう。

公園に着くと、犬が生き生きし始める。地面や草の匂いを嗅ぎながら、おしりをふりふりさせて足取り軽やかに歩く。

その公園にはちょっとした広場があって、犬はその広場が大好きだ。たぶん、自分の庭だと思っている。誰もいない公園は、街灯と月灯りだけに照らされて静まり返っている。

広場に着くと、タッタタッタと犬はまるで子どものように駆け回る。最初見たときは、トイプードルってこんなに足速いんだと驚いた。

彼が走ると、犬は全速力で追いかける。

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彼を追い越して、ぐんぐんスピードを上げて走っていく。そのスピードを保ったまま、広い公園の端から端までぐるっと駆け回って、わたしの足元に帰ってくる。

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舌を出して息切れしながら、わたしを見上げる瞳はきらっきらっと輝いている。それを見ると思わず笑ってしまう。小さな体から「たのしい!」が全力で伝わってくる。

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毎日同じ散歩道を歩きながら、ふたりと一匹で、桜が咲いていくさまや散っていくさまを見届けた。月の満ち欠けの観察もした。

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この間はイチョウともみじの木が葉をつけているのを見つけ、季節が進んでいるのを感じて嬉しくなった。

最近はこの夜の散歩が、唯一自然を感じながら無心になれる時間になっている。スマホは持たず、犬の楽しそうな様子や、今日の月なんかに目を向ける。見つけたものを互いに知らせ合う。心が動いたものをを人と分け合う時間があると、それだけで心が潤う気がする。

ひとりで薄暗い夜の公園を散歩しても、きっと楽しい気持ちにはなれないだろうし、月や花を見る余裕もないかもしれない。それに犬がいなければ、いい大人が夜の公園を楽しそうに走り出すこともなかったはずだ。

ふたりと一匹で夜の散歩をする、この時間が好きだ。嫌なことなんていくらでもある日々の中で、「この時間が好き」と思える瞬間はどれほどあるだろう。穏やかな気持ちで外を歩く、平和な時間が愛おしい。

これを書きながら、なにか人の心をつかむような一節やテーマがあったほうが良いのかと思ってしまい、なかなか書き上げられないでいたのだけど、言いたいのは「この時間が好き」ということだけだった。それだけでも書いていいよね。

悲しいことがあった日も、嬉しいことがあった日も、わたしたちは変わらず散歩をする。今日も、明日も。時々面倒くさがりながら。そうやって、暮らしは続いていく。




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