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ライバルは犬

犬を飼っている。トイプードルの女の子。名前を「メイ」という。

恋人が前から飼っていたのだけれど、同棲するにあたり一緒に住むことになった。

彼女はとても可愛い顔をしていると思う。まあるいアーモンド色の瞳に、しっとりと濡れた小さな鼻。ふんわりカールのかかったアプリコット色の毛。ふにふにの肉球はひなたの匂いがするし、毛の奥にのぞく地肌は赤ちゃんのようにやわらかく、心なしか本当に赤ちゃんのような甘い匂いがする。

名前を呼ぶとかけ寄ってきてごろんとお腹を見せるし、「ハウス」と言えば黙ってじぶんの居場所に戻っていく。ひねくれたところのない純粋な性格である。すこし臆病なところもあるが、猫を追いかけようとする、怖いもの知らずな一面も持ち合わせている。好奇心が強くいろいろなものに興味を持つので、散歩中はよく注意散漫になり目が離せない。

好きなものはささみとさんぽ、ボール遊び、ひなたぼっこ。嫌いなものは掃除機とコロコロ、大きな音、ひとりぼっちになること。掃除機をかけていると、怖いはずなのに果敢に戦いを挑んでくる。ガブガブと噛みつき、急いで逃げる、を繰り返す。

まるで自分の子どものように可愛がっているが、いっしょに暮らすうちに彼女を少しうらやましく思うようになった。

* * *

ある日、散歩をしていた時のこと。通りすがりのおばあちゃんがメイを見て「あら、ひとりでちゃんと歩いて偉いわねえ」と言った。驚いた。犬はひとりで歩いただけで褒められるのか。いいなあ。人間だったら、「ちゃんと歩いて偉い」と言われることは、まずない。

散歩を続けていると、メイはいきなり階段を駆け上がっていった。階段の上になにがあるのか気になってしまうらしく、散歩中に階段を見つけるといつも昇ろうとするのだ。わたしなら昇りたくない階段も、彼女は目を輝かせて軽々しく昇っていく。すると、荷物を抱えた引っ越し業者の人に、「元気でかわいいですね!」と声をかけられた。階段を昇っているだけで…。犬ってやっぱり、ずるい。

また違うある日。近所のスーパーに買い物がてら散歩へ行き、彼が買い物をしている間、店の外でメイと待っていた。彼が店の中に消えると、クーンと悲しそうな声で鳴き、おすわりしながら入り口をずっと見つめている。すると、「おりこうさん。ぬいぐるみみたいね」と老夫婦に声をかけられた。またである。存在するだけでちやほやされる彼女がなんだか羨ましくなってきた。比べるのがおかしいのはわかっているが、何もせずとも甘やかされ、褒められまくりたい時がわたしにもあるのだ。

メイは家の中でもその可愛さを惜しみなく発揮する。ソファに座っている彼の横にわたしが腰掛けると、彼女はわたしと彼の間に入り、上目遣いをしながら彼を見つめる。お尻をわたしに向けてブンブンしっぽを振るので、ぺちぺちとわたしに当たっている。そんなことはお構いなしで、彼にアピールを続ける彼女。そんな彼女に「可愛いね〜」とメロメロになる彼。あざとい。犬もちゃんと女子だと思い知った。

わたしも負けずにアピールしなくては!同棲を始めて女子としてたるんできていたわたしは、メイを見習うことにした。犬のほうが可愛いのはわかっている。わかっているが、何もしないわけにはいかない。ちなみに彼女とは仲が悪いわけではなく、わたしにくねくねと甘えてくることも普通にある。

ある時、彼にアピールする彼女を見てもしかして、と思った。彼女は彼に恋してるんじゃないだろうか。犬と飼い主の信頼関係を超えた恋。そんな気がする。だからわたしと彼が楽しそうにしていると邪魔したくなるのだ、きっと。両方の相手をする彼は大変そうだけど、がんばれ。

* * *

張り合うこともあるけれど、犬といっしょに暮らすことで人間の心はかくじつに癒され、やさしい気持ちになれる。彼女がいるだけで日常は明るくなり、笑顔も増える。仕事から帰ってきた時に嬉しさ全開で迎えてくれると疲れが吹き飛んでいくし、ソファの下をほふく前進で探検している姿には思わず笑ってしまう。

知らないことを知りたいと思う好奇心、うれしさを全身で表現する姿など、彼女から教えてもらうことも少なくない。

これからもふたりと1匹で、仲良く健やかに過ごせていけたらと思う。彼女とは、これからもお互いを高め合う存在になるはずだ。良きライバルとして。

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