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許す

許せない人がいた。

それは小学校3年生の夏休み。

学校のプール開放に行った日だった。

なぜだかクラスで女子は私ひとり。

プールが終わって、教室で着替えて帰ろうとしていた。

3年生はまだ、男女同じ教室。

男子は何人かいた。

スカートを履いて、水着を脱いだ途端、ひとりの男の子が私のスカートをめくりにやって来た。

普段から女の子のスカートめくりをやっているような、いわゆる悪ガキだった。

家も近所で、保育園の頃からたまに遊んだ子だった。。

絵に描いたようような悪ガキで、いつも先生から怒ららていた。

彼にとってはいつものイタズラ程度のことだったのだと思う。

でも、私は違った。

恐怖でしかなかった。

怖くて怖くて必死にスカートを押さえて逃げた。

他の男の子も一緒に囃し立てていた。

隣の教室には女の子もいただろう。

でも、教室から出ることは出来なかった。

助けを呼ぶ声も出なかった。。

ただその場にうずくまってスカートを押さえていた。

怖くて怖くて。

そのうち私は泣き出した。

いつもはどちらかというとリーダー気質で強い女の子だった私が泣いたので、男の子たちはびっくりしていた。

イジメとか、性的なイタズラではなくて、単なる幼稚なイタズラだったのだと思う。

でも、少し成長の早い女子だった私にとっては性的な攻撃だと感じた。

だから、このことは知らられることはとても恥ずかしく、友人にも、先生にも、ましてや親にも言えなかった。

学校の帰り道、ひとりで帰った3年生の私を鮮明に覚えている。

何が起こったの??
怖い!!
心臓がバクバクしている。

具体的に裸の下半身を見られたり、触られたいとかは無かった。

それでも私は傷ついた。

私はプールが嫌いになった。

同級生の女のいとこと一緒でないと、プール開放には行かなかった。

許せない!
許せない!!
許せない!!!

謝ってもらいたいなんて思わない。

顔も見たくないし、話すことさえ嫌だった。

実際、その後、その男の子とはひと言も話すことはなかった。


月日は経って、友人を介して会うことがあった。

私はまだ許せなかった。

顔も見たくないし、ひと言も話したくなかった。

友人には、昔の出来事を、初めて話しをした。


そして、最近、その男の子が末期の癌だと友人から聞いた。

その名前を聞くだけで、フラッシュバックする。

動悸がする。

許せない!


今、その許せないという気持ちを手放したいと思った。

どうして許せないのか?
何を許せないのか??

恐怖から逃げるために許せなかった。

私は悪くない、悪いのはアイツだ。

忘れたい出来事なのに、いつまでも許せないで傷ついた気持ちを大切に持っているのは私だ。

許せない気持ちも、相手が悪いというジャッジも、傷ついた気持ちも、もういらない。

手放そう。

許そう。

許す。

誰をゆるすの?

誰かを許すこと。

本当に許しを必要としているのは?

私の外の存在ではない。

許すことは、私の中にあるのではないかと気が付いた。

母にも友人にも言えないほど、傷ついた私。

傷ついてしまった自分のを許せなかった。

人を許せないと思う本質の自分とかけ離れた感情にしがみついていた私を許そう。

もう手放しで大丈夫だよ。

許す

許すことで愛に繋がっていく。

その愛は元々、私の中にある愛。

許す相手は外の世界のあなたではなくて、私の中の私自身だったのだ。

私の中にある許せないという思いを手放していく。

それが今私が許すということなんだろう。

長い間抱えて来た許せない思いを手放すことが出来た。

このタイミングで昔の悪ガキの話を聞いたのも、ガイドからのメッセージだったのだろう。

シンクロに導かれている。

まだまだ私の中の許しはたくさんある。

ひとつひとつ許していこう。

許すことが楽しくなって来た。



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