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<おとなの読書感想文>からくりからくさ

押してだめなら引いてみろ、とよく言います。
物事に働きかける時、確かに押すばかりが方法ではなくて、引かなければ開かないドアもあるはずです。
ところが、押すでもなく引くでもない働きかけ方もあるのだということを、この本から知るのです。

寝て、起きて、料理を作って、食べて、洗濯をして…
ごくありふれた、平凡な毎日ですが、忙しい時や、疲れている時には、ついサボりたくなるものです。
今日のごはんはインスタントでいいや、とか、仕事のためにちょっとくらい無理して徹夜しよう、とか。
そういう省略が、必要な時も確実にあります。
しかし、良かれと思ったショートカットが健康や生活の質を下げ、長期的には能率が落ちることにつながるのは、ご存じの通りです。

少なくとも物語において、彼女たちを困難から救うのはこの面倒な日常の手続きなのです。
糸を紡ぎ、染め、織り、摘んできた庭の草花を菜に食卓を囲むつつましい生活の中で、彼女たちは目に見えない力を蓄えていきます。

これが端的に表れるのは物語の後半、下宿人の紀久がある交渉をするシーンだと思います。
紀久の立ち向かい方はまさに、根をはる強さ、という感じがします。
決して押し通すのではない、かといって引っ込めてしまうのでもない。
日常を生き抜く中で培ってきた冷静で堅実な力が、ドアを開く時。
とても好きなシーンです。

わたしは彼女たちのような立派な生活は送っていないけれど、日常を丁寧に紡ぐことの大切さは教わったような気がします。

梨木香歩さんの小説のファンになった、思い出の一冊でもあります。

画材費、展示運営費、また様々な企画に役立てられたらと思っています。ご協力いただける方、ぜひサポートをお願いいたします。