医療DXの可能性

折しもデジタル庁がマイナンバーと健康保険証の統合を24年秋までに行うとのニュースが流れた。その意志決定のあり方は昨日書いた代表制間接民主主義の酷いところを煮詰めたような物ではないかと感じるが、今回はその政策面に光を当てることにもなってしまった。

農業DXに続いて、医療DXの可能性についても見てみたい。
医療データというのは、農業のデータよりもさらに個別性、そして機密性の高いものとなり、それは中央集権的に集めるというよりも、個々人が所有し、管理する必要のあるものだといえる。つまり、それはネット上で管理されるべきものではなく、個別に管理する必要のあるものであり、理想的にはハッキングリスクの少ないスタンドアローンのコンピュータによって管理され、必要なデータのみ、所有者の承認のもと、必要なところへ送られるという形でのデータ利用が求められるものだろう。

その医療データの特性は、データ移転のシステム構築に大きく貢献しそう。医療機関側で必要とするデータと個々人の所有するデータとのマッチング、そしてデータの移転・使用承認を含んだインターフェース部分について、プライバシーとデータ利用についての適切な水準というのは一義的には決め難い。それは中央集権で一括で定められるというよりも、市場原理によって多様なサービスの中から選択され、そのサービス間の移動も常に容易にできるような形になることで、それぞれの好みの水準に落ち着いてゆくべきものではないかと私は考える。

だから、データの需要サイドは自らの提供するサービスとそのために必要なデータを開示し、一方で供給サイドもどのようなデータを蓄積し、どのように使い勝手の良いデータ管理アプリを開発するかを競い、それぞれが医療機関側とユーザー側に顧客を開拓し、そして需要サイドと供給サイドがそれぞれデータ形式のAPIを提示することでそのマッチングがうまくいくようにし、そして需要サイドでも供給サイドでもアプリ間のデータ移動が簡単にできるようにする、あるいはデータベースの最適化アプリ供給者が現れてデータ形式の最適化が容易に行われるようになることで、データ流通の市場基盤が整えられるのではないだろうか。

もちろん最初はさまざまな試行錯誤で混乱が生じるだろうが、医療データという限定的なデータによって、議論が積み重ねられながらその移転の仕組みが整えば、その仕組みは他のデータ移転にも容易に生かせるようになるだろう。幸いにも医療関係者は相対的に教育水準が高く、そしてプライバシーに関する意識も高いと考えられる。そして、医療というのは、利益とは明らかに異なった、人の命、そして健康といった中心的な価値観を保持しており、それを基軸に情報流通の制度の基盤を考えるということは、情報流通のあり方を利益ベースの市場形成で進めないようにするためにも非常に重要なことではないかと考える。

そんな医療産業では、プライバシーに関わるデータ利用について議論を重ねながらそれぞれが必要とするサービスを作り出してゆくということに関しては最適であろうと考えられる。ただ、現状、医療業界というのは強い規制産業でもあり、一括したデータ利用を志向しがちではないかと感じている。だからこそ、それが中央集権的に一つに集約されるよりも、個々の医療機関がそれぞれの価値基準に基づいてデータの利用水準を定めるようにし、利用者側もその水準を確認しながらサービスを選んだ方が自由度も高くなるし、多様なデータの利用が考えられるだろう。

何よりも恐ろしいのは、医療データが画一的に整備され、ビッグデータとして用いられることで、個々人が全体の中の塵のような存在として扱われるようになることだ。農業DXのところでも述べた通り、データは個別化によってその力を発揮する段階に入っているように感じる。今更ビッグデータを志向したシステム構築を行うというのは、特に医療データという個別性の高いものについては、データ自体の価値を大きく減じ、無駄な投資になる可能性が非常に高いのではないかと感じる。個別性を医学的に探究するためには、いかに個別データの差異に敏感になれるかということが重要になるわけで、それは、ビッグデータのようなデータありきの手法では、少なくとも新たな知見が得られる可能性は非常に低くなる。そして全ての人に全てのデータを蓄積するよう求めるのはあまりにコストが高い。それならば、個別に関心のあるデータを集めている人を対象にそのデータを利用できるようにする、という小回りの効く仕組みを構築した方がはるかに効率が良いだろう。

情報流通の仕組みは、需要者と供給者の間にシステムというかアプリのベンダーが入ることで、画一的ではない多様なサービス提供が行われる可能性が出てくる。ベースとしての基本的な情報交換部分がオープンソース的に開発され、需要側でも供給側でもそれ以上のデータや機能が必要とされる時にはサブスクリプションなどを用いて付加的にサービス提供を行うことで、ある程度の需要のあるデータ収集は市場原理に基づいて行われることになりそう。いずれにしても、医療情報の収集に関しては、多くの部分でセンサー等を用いたハードウェアの併用が必要になるだろうことから、医療機関で収集されるデータというのが多くの部分を占める可能性がある。それをいかにして個人のデータとして管理するか、ということは、このシステムにおいて中心的な問題となるかもしれない。ネットを経由しないようにするためには何らかの個人保有のハードウェアに情報蓄積が行われ、そこから必要な部分のみ医療機関側に蓄積できない形で移転するという仕組みが必要になるであろう。医療機関側での情報利用に関しては、その都度本人の確認を必要とする、ということも重要ではないかと考える。

インフラ的には、最大のネックは現状ネットワークをベースにした技術開発が急速に進んでおり、個人の情報管理に関する部分が置き去りにされているように感じる。エッジベースの、必要な時、必要な部分だけ接続する、という、よりセキュリティとプライバシーを重視したシステムへの志向を行うことが急務であるといえる。

個別の情報を重視したデータ新時代をいかに切り開いてゆくか、少し大袈裟かもしれないが、ある意味では人類の叡智が試される局面であるといえるのかもしれない。

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