集団的闘争の発生メカニズム

第二次世界大戦開戦の日に考えて見たいのが、戦争は一体いかにして起きるのであろうか、という問題だ。

社会的価値体系から見る戦争

戦争というのは、社会と社会との間の紛争であるといえる。社会というのはある価値体系に基づいて形成され、そしてその参加者の合理性はその価値体系に基づいて定められ、しかもその合理性はそれぞれの社会認識範囲においての関係性をいかに最適化するかによって定められるといってよいかもしれない。

価値体系内でのミクロの合理性圧力

これをミクロレベルの関係性から見てみると、社会的な合理性圧力というのは、メタレベルで言えば競合する価値観においての普遍性争いの結果生じる権力闘争によってこぼれ落ちる影響のようなものから生じると考えられるが、それを受け取る側では既存の関係性、つまり自分の認識範囲で起こる現象によってそれを知覚し、その中で自分の行動を最適化しようとするのだと言えそう。つまり、合理的行動とは、認識しうる範囲での関係性の中でいかに自己目的を達成するのかの行動であると言えそう。社会が関係性だけででき、そして階層的な構造を持てば持つほど、この合理性圧力が強くなり、自由への志向性よりも関係性の中でいかに自分に有利な合理性を実現するのかの駆け引きや競争が激しくなるのだと言えそう。

二つの価値体系類形

次に、価値体系についてみてみると、それは体系という以上、なんらかの形で閉鎖型にならざるを得ず、そうなると普遍的価値体系か排他的価値体系かということに絞られざるを得ない。

普遍的価値体系

普遍的価値体系は、全ての人を包括するようなものであると位置づけられるが、完全に全ての人を包括しうる価値体系がありうるのか、と言われると、静態的にはあり得たとしても、動態的には、時空が異なれば同じ価値体系を奉じていたとしても、その体系の重なり合う部分が異なっていたりすると、そこで摩擦や衝突が発生し、全ての人を包括とは行かなくなってしまう。そして、むしろ価値体系が同じであるが故に、その普遍性をいかに、そして誰が裏書きするのか、ということで権力闘争が激しくなる。

排他的価値体系

一方で排他的価値体系は、価値体系の最優先にその価値体系を奉じないものを敵とする、ということを設定することで、動態的な安定性を確保しながら個別の合理性実現を正当化することに成功したのだといえるのかもしれない。つまり、価値体系内での競合が発生しても、それは共通の敵が悪いのだ、ということで優先順位の調整を行うことで、摩擦の方向を共通の敵に向けて集団内部の団結を守ることができるようになるのだと言えるのではないか。

排他的価値体系と歴史

排他的価値体系においては、典型的には歴史観の対立のようなものがあり、その中で戦国時代のような動乱の時代のシミュレーションを行うことで、自分達の陣営に準えた大将の中で自分はどの武将の役割にあたるのか、といったことを優先順位の最上位におくことで、その大将の敵を共同でやっつけるということで、直接的な血生臭い争いを避けながら自分の仕事を進めてゆくというような、時代劇的なものの現代的応用のようなことがなされているのだとも言えそうだ。

階層化した価値体系のもたらす帰結

また、これらの価値体系が階層化すると、社会認識範囲を広げるためにはなるべく上の階層へ上がる必要が出てきて、いかに上の階層に認識してもらうかという競争が激化する。またそれは、互いの秘密を共有した関係性を盗み出して入り込むというようなこともなされるようになり、だから階層的社会は必然的に相互の信用度が薄くなり、常に疑心暗鬼が渦巻くようになるのだと言えるのかもしれない。

社会の安定化のために

このような、社会的価値体系の摩擦的、あるいは好戦的性質から、それは常に権力争い、内部摩擦、そして対外攻撃性といった暴力的な動きに繋がりかねない。だから、社会的価値体系はなるべく個々人の自由を重視したものとし、そしてその階層性をできうる限り低くしてゆくということを行わないと、内紛や戦争の可能性がどんどん高まってゆくことになる。摩擦の解消が対外的に仕向けるということしかない状態となると、摩擦が溜まったら戦争、という解決手法しかなくなってしまうからだ。そうしなければ、社会内での摩擦が激しくなり、社会自体が不安定化してしまうだろう。

社会的価値体系と金融

摩擦の解消のためには、信頼関係というのが非常に大きな要素となり、だからこそ信用をシステム化した金融制度において”IN GOD WE TRUST”のような神を基本に据えた階層的な価値体系が導入されれば、それ自体社会制度を大きく規定するものとなり、皮肉なことに信用の奪い合いが戦争につながるというシステム的な問題を抱えることになるのだと言える。つまり、信用を育むような金融制度を作り上げることが、社会の安定のため、そして戦争の防止のために大変有効なのだと言えそうだ。

戦争と社会の科学的思考

戦争発生のメカニズムとして、社会制度自体に内包された価値体系が大きく作用しているという考えから得られる教訓は、価値体系と合理主義という西洋科学的な近代主義思想がそれ自体摩擦の原因となっている可能性を示唆するものであり、社会を科学するという取り組みが、人の心を一般化して扱うが故に、そこから生じる摩擦を捨象し、その摩擦が紛争、ひいては戦争の大きな原因となるという、科学的思考のもたらす悲劇について認識する必要だと言えるのかもしれない。

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