経済対策と新しい資本主義

日本経済新聞9月28日3面「成長型経済に3年で転換」

「政府の「新しい資本主義実現会議」は27日、10月にまとめる経済対策に盛り込む重点項目を公表した。」
として、
1. 物価高から国民生活を守るための対策
2. 地方・中堅中小企業を含めた持続的賃上げ
3. 成長力の強化・高度化に資する国内投資促進
4. 人口減少を乗り越え、変化を力にする社会変革
5. 国土強靭化、防災・減災など安全・安心の確保
の五本の柱が挙げられている。

新しい資本主義への手がかりは?

ここから「新しい資本主義」について、政府がどのように考えているのかということを探ることができれば、などと期待したのだが、それはなかなかに難しいようだ。

物価高への対応

物価高への対応というのは、10数年前にガソリン高への対応はあったとはいえ、いわばバブル期以来、35年ぶり以上ともなるような問題であり、これを最初に掲げたということは、新しい資本主義として恒常的な物価高を見越す、ないしは目指しているとの宣言であるともいえそう。

持続的賃上げ

それを支えるための持続的賃上げというのは、購買力の確保という点で物価高の世界とは整合的であると言える。

国内投資促進

しかしながら、三番目の国内投資促進をどう見るか、ということが問題となる。現状の物価高をエネルギーを中心とした輸入物価の上昇という一時的な現象であり、それへの対応としていわば場当たり的に最初に物価対策を掲げたというのならば、国内の生産力を上げることで物価をなるべく下げる方向を目指すのだ、という理屈になるが、それならば少なくとも「新しい資本主義実現会議」の立場からは、こちらを一番目に据えなければ誤ったメッセージを出すことになる。逆に物価高を新しい資本主義の常態であると考えるのならば、その投資の中身が問われることになるが、それについてはまた後ほど検討することにする。

人口減少への対応

そして、四番目の人口減少を乗り越え云々、となるが、これはもはや物価高を見越したものとは到底思えない。人口減少を前提として物価高をもたらす社会変革では、社会をなるべくいわば非効率化して、各付加価値フェーズで配分される付加価値が多くなることで物価高をリードする、というようなことが必要になるのかもしれない。それが、自動化、効率化で機械への付加価値配分が増えれば、それは購買力にはつながらず、物価高にはなりそうもない。そうすると三番目との整合性も取りにくくなってしまい、急にとっ散らかった感じになってしまう。

安全・安心の確保

最後の国土強靭化云々について、まあデマンドサイドなので、物価高要因ではあるが、だからといって、そこから消費力の上昇に繋げるメカニズムは明らかであるとは言い難く、だからこそテーマ設定とは少し離れたような、こども・若者の性被害防止の緊急対策、ということで少しでも消費者サイドによるよう知恵を絞っているというところだろうか。

物価高によって歪んだシナリオ

このように、物価高によって、全体的にシナリオが歪んでしまっているようにも見える「新しい資本主義」であるが、多くの項目が並んでいる三番目の国内投資中心というのがやはり中心的で、これをなんとか維持発展させて「新しい資本主義」を形にしてゆきたい、と考えているように見受けられる。そこで、ここに並んでいる項目を少し詳しく見てみたい。

国内投資の運転費用負担

まず、半導体などの国内投資の運転費用の負担軽減、ということだが、国内投資の運転費用、というのがあまりよくわからず、本文の方を見てみると、「半導体や蓄電池など重要製品を確保するため、生産・販売量に応じた法人税などの税額控除を設ける」とのこと。たくさん生産・販売すれば、利益はともかく法人税額を減らしますよ、ということで、事実上損益分岐点を下げることで安売りを可能にするということになるのだろうか。アメリカで22年に成立したインフレ抑制法を参考に10年程度の支援を想定する、とのことだが、確かにアメリカでも税額控除はあるが、それはグリーン投資との関連で、一応は、パリ協定の目標達成を目指す、という大義名分がある。それが、蓄電池はともかく、半導体のような戦略製品となると、ダンピングとか隠れ補助金とか、経済交渉的に突っ込まれる可能性が出てきそう。その隠れたコストと共に、アメリカでインフレ抑制法として出ているのを見ても分かるように、これも基本的には物価を下げる方向ではあるが、BtoBの商品が目立ちそうで、そうなると消費者物価に反映されるのか疑問が残り、単に企業の利益が増すだけで物価高は実現されました、というわけのわからないロジックが成立しそうな気がしなくもない。

知財投資促進

続いて、知財めぐる所得の税優遇で無形資産投資促進、とのことで、知財をめぐる所得ということは、知財を用いた生産というよりも他社からのロイヤリティ収入となりそうで、それ自体生産力を上げるのか、というと疑問で、テーマである成長力の強化・高度化に資する国内投資促進ということに則っているとは言い難い。知財の交流自体は生産力の向上に結びつくと思われるが、それを活性化するのであれば、知財の借り手の方を優遇しなければ、効果が最大限発揮されるとはいえなさそう。

ストックオプション権利行使額

ストックオプション税制の権利行使額上げというのは、まあモチベーションの向上にはなるのだろうが、どちらかといえば労働というよりも株主の優遇策であり、生産性の向上への効果は限定的だといえそう。ただ、これによってオプションの行使がしにくくなり、株主構成が安定しやすくなるという点では評価できる。

事業承継税制

事業承継税制の承認計画の申請期間の延長については、推定相続人以外への贈与を可能にする特例措置の延長であり、全株式を対象にし、雇用確保要件も弾力化で、一般事業承継よりも使いやすいが、承継計画を提出する必要がある。事業がなくなってしまうことに比べれば、承継がなされた方が、少なくとも経済にとってマイナスにはならないので、これは評価できる。

多数決型私的整理

多数決型の私的整理を導入する法案については、債権者の全員ではなく、多数決での私的整理を可能にするということで、こちらは事業を減らす方向であり、上の項目とは方向感が違って、これからも「新しい資本主義」とはなんなのか、を特定するのを難しくしている。

「新しい資本主義」への期待

といった項目が並んで入るが、やはり「新しい資本主義」について方向感を見定めるような要素は見当たらない。流れに任せてこなしてゆくのが「新しい資本主義」などとならないように、是非とも総理には各議会で自由に議論し細かい個別の議論は委員会で徹底的に行うという、「新しい資本主義」を各地で担っている人々になるべく近いところで公開して議論がなされるよう期待したい。

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