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【短編小説】保証人プロポーズ🎊🚙

「ほ、骨を叩かないでくれ‼ ︎」

彼は、悲鳴をあげた。だって、入院中にお見舞いに行くと、病室はもぬけの殻で、彼はとっくに退院した、と看護婦さんが言っていたのだ。

慌てて、彼の実家へ行くと、ヘラヘラしてグラビア本を読んでいた。
「私が、毎日毎日バイトの帰りに、欠かさずあなたのお見舞いに行っていたの、知ってるでしょ⁉︎ なんで、来る前に連絡しないの‼︎ 」
彼は、私が見舞いに来ることを知っていながら、退院が決まると、メールも、LINEも、電話もするのを忘れて、さっさと退院してしまっていた。「忘れていた」と、言ったが、これは許せない‼︎ きっと、グラビアアイドル誌を見たいがために嬉々として退院したのだ。

「ゆ、許してくれー‼︎ 」
私は、近くのクッションで、バシバシと彼を叩いていた。女への冒涜‼︎ 女の純情の破壊‼︎ どうしてくれる⁉︎  私の入院しているあなたへの「献身」という名の時間のつみかさね‼ 全部がムダ‼︎ そうよ、時間のムダだったのよ!私が、毎日病院にお見舞いに行ってたことの意味がわかってる‼︎?

彼は、スキーで骨折した脚を抱えながら、半ば涙目で、苦痛に耐えて口走った。
「ううう、痛い。また、骨が割れる……」

「ご勝手に」

私は、半ば疲れて、半ば呆れて、彼の実家を後にした。彼のお母さんは、「みーちゃん、作りかけの夕飯があるわよ?食べてかないの?」と、優しい声で台所から顔を出す。
「あ、いいです。今日は、このまま帰ります。ひーがひどいんです」
と、言って彼の実家をでた。背後でお母さんの「ひー」(彼のニックネーム)に罵声を浴びせる物凄い声がする。いい気味だ。たっぷり絞り上げられろ。

私は、公営住宅のある街並みを、涙目で(いえ、実際には涙を流していません)ひたすら早足で歩いて行った。もう、夕方近かった。ひーのお母さん、ひーの夕飯抜いてください。ひーは、飢え死にすべきです。

「ううん、飢え死にしたら困る。私の人生設計が」

私には、人生設計があった。それの始まりは三年前のある病院のリハビリ室からだ。ひーとの出会いはそのリハビリ室から。

ひーはよく骨折する人だった。小学生の頃から、転んでは、腕を骨折し、柔道の教室へ入っては、脚を骨折し、この歳(中年)になっても、スキーに行って脚を骨折したそうだ。私も骨折してリハビリに通っていた。
ひーの癒やし系のハンサムでない顔は却って私を安心させ、心で勝負していて信用もできた。


ひーは、その人懐っこい癒やし系のお顔で、まわりに女性を侍らせていた。いえ、そんな表現は多分まちがいだけど、ひーは、優しいし、ぜったい怒らないし、頭もよかった。そのひーとの出逢いがあってから、私の人生もきらきらと輝きだした。私は、ダイエットをし、ひーは、「ちょいワルおじさん」なんていって、ダンディなふりをした。いつのまにかひーは、私のだいじな人になっていた。


私は、やっとのことで自宅のワンルームに戻って、ひーに差し入れるはずだった、ハーゲンダッツのアイスクリームを食べた。おいしい。ひーめ、まったく、こんなおいしい物を毎日一人で食べやがって。
女の純情、女の時間、女のお金を返せ‼︎
その夜は、私は、歯を磨いてさっさと寝た。残ったハーゲンダッツは溶けていた。

夢の中で、私はひーのお顔の描かれた、ハーゲンダッツのアイスクリームの拡大された箱を、ばしばし叩いてた。ハーゲンダッツの箱はひしゃげてくしゃくしゃになり、まっくろに変色して、いつの間にかあった脇の小川に転がり落ちて、流れていった。
あゝ川の流れとともに。

朝になって目が覚めると、なんでそんな夢を見たんだろう? と、不思議に思って、そういえば昨日、ひーと喧嘩したな、と忘れたことを思い出した。
いいよ、もう、別れてやる。ひーは追い掛けたりもしなかった。何をしてるんだ、今頃。時計を見ると、バイトがはじまる三十分前だった。
「げっ‼ 」

バイト先で、今日はやけに怒られ怒られしながら一日を終えた。すべて、ひーのせいだ。

外に出ると、見慣れない紺の軽自動車が停まってる。場所によってはペンキが剥げている。

あまり疑問にも思わないで、通り過ぎようとすると、そちらからヘンな声が。

「おーい、お嬢さーん」

あの例のヘンなおじさんの声だ。
ムシしてやれ。
「おーい」
(うっせえな)
と、思いながらムシ。
そのまま、歩いていくと紺の軽自動車は、左折禁止のところで左折して捕まった。

(ははは)

寂しそうにこちらを、その運転手が見てるので、こちらは曲がり角を曲がったところでコッソリ相手を伺う。相手の癒やし系の顔が涙目だ。

尋問されてる、尋問されてる♫

私は、すこしは恨みが晴れた想いで、パトカーが去るとその車のそばに寄っていった。

「なにしとるん?ひー」

ひーが乗っているところを見たことがなかった車に乗っていた。いつも借りてるレンタカー会社のシールもない。

「みーのために買ったんだ」
「はあ?」
「乗って」
(まったく、こんなに早く仲直りかよ? )
と、思いながら(君のために買った)という女へのコロシ文句にまんまと引っ掛かって、乗ってしまった。コンニャロ、無駄な金を使ったな⁉ 私に貢がずに。

「あのさー、みーに頼みがあるんだけど」
(なんだよ、さっそく頼みごとかよ? )
「これさ、駐車場みつけて契約したいんだけど」
「はい? 」
「そこの駐車場、保証人が要るんだよね」
(あっ、そう。なんか読めてきたわ)
こいつ、私を保証人にして借りるのか。私はあんたの人生の、都合のいいツールになりつつあるか? お見舞いしても、忘れて置いていかれるか? いくら、時間かけても、尽くしても、当然な顔していやがる。いつか、借金の保証人にもされる末路か? それで、グラビアアイドルみたいな子とどっかいって私を捨てるのか?私は、また恨みのエネルギーがよみがえり、ぐるぐるしてきた。
(あー、泣きたい)

「ついでに……」

と、ひーは、何かをいった。

なにも応えずに車に乗って、ひーは私を江ノ島海岸へ向かう道に連れて行った。夕陽がきれいだった。記念のドライブだと。

(さっきの言葉は、ほんとうなのか? ほんとうなのか? ひー)手の中には、ちいさな蒼いスウェードの箱。



「ぼくの人生の保証人にもなってくれる?みー?」



              むすび


トップ画像は、メイプル楓さんの、
    「みんなのフォトギャラリー」より
    いつも有難うございます🍀🍀🍀


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