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体育会系調理補助ーかなしいほどに嬉しくー

「ひとにしてもらった善いことは、忘れない」

何年か前に、自分の啓発ノートに書いた文言だ。
あのとき、私は散々世話をした友達に あっさりと裏切られた。損得などじゃない。嫌なことまでされた。他の人も経験していることだとは思うが、こんな悲しいことはない。それから、私はどんな人にでも、善いこと、嬉しいことをしてくれたら、忘れないようにしようとやってきた。遣られたことは、悲しいなら人に遣っちゃいけない。

事務員兼栄養士のサクラさんが、このH病院の厨房にやって来た頃だった。サクラさんは、最初は私のことが気に食わなかったらしい。
あまり、打ち解けようとしなかった。
なんて言ったらいいのだろう?なにか、私が昔の嫌なやつに似てたのか?あまり、積極的に接触しようとはしなかった。

それだから、私がミスをしたとき、
「サクラさんが、なにか仕組んでるのを見た」
と、噂するものまでいた。私は、聞かないふり。人間関係の波風は、知らぬ存ぜぬで、自分の脳には入れない。

そんなサクラさんが、皆に冷たい目で見られ、ミスをした私も冷たい目で見られ続けた時期、私は、サクラさんがじっと耐えているのを尊敬の念の混じった目で見ていたが、サクラさんは、気付いていただろうか?

私が、他のことで怒鳴られたとき「辞める」と、いったときも、サクラさんは、
「長く続けるのも才能よ?」
と、いって引き留めてくれた。
そして、「修行じゃ!修行じゃ!」なんて、おかしな掛け声で、2時間の洗浄時間に耐えてる私にも……
「山田さんらしい」なんて、微笑んでくれた。

いつも、そんなサクラさんも機嫌がいい訳ではない。
「(山田さん)歌なんて歌っちゃって……」と、時々、クレームもいう。
私とサクラさんも、同じ人間ではないから、時々は すれ違う。

しかし、……。

また関係が冷えていると思っていた時期が来ても、サクラさんは私に、洗浄がストレスなく、スムーズ、それからスピーディに済む方法を教えてくれた。
自分の勤務時間を1時間割いてまで……

私は、家に帰ったあと、それを「忘れないようにしよう」と、マイノートに書き留めた。

それからも、会社が忙しい時期、なんとなく二人はいい雰囲気ではなかったが、私が掃除のおばさんに「信玄餅」を2つ貰ったときがあった。

(サクラさんにあげよう……)

いつも、2つも貰うと、病院側の別の栄養士さんに渡してた。サクラさんは、あまりそんなプレゼントを喜ぶか分からなかったから。

前も彼女は「自分で食べて」と断ったことがある。けれど、今は特別。

「いいわよ、山田さん、自分で食べて」

やっぱり断ってきた。

「いえ、受け取ってください。サクラさん、この間、1時間使って私に洗浄のコツ教えてくださったじゃないですか」
「え……」
「お礼です。貰い物ですみませんが、お礼です」
食い下がる私。 

(この間、教えてくれたお礼)、という台詞になにか引っ掛かったサクラさんの表情に変化があった。

「ありがとう」

サクラさんは、熱い厨房で蒸気した顔を、少し照れたような笑顔に変化させた。

私は忘れないようにしよう。

なんでも抱え込んでしまうサクラさんを。
なんだかんだ、いいながらもちゃんと仕事をやり続けるサクラさんを。



トップ画像は、メイプル楓さんの
   「みんなのフォトギャラリー」より
   いつもありがとうございます🍀🍀🍀


©2023.5.27.山田えみこ

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