畠山直哉とみやこうせい−東北とルーマニアあるいは震災と魔女
虹みたいに誰もが視覚的に美しいと思えるものが好きなのか、それとも一見したところ分かりにくいけれど琴線に触れるような美しさを備えたものが好きなのか。あなたはどっちだろう。最近はこういうことを考えている。
3月下旬は岩手に住む友人を訪ね、青森県立美術館と十和田市現代美術館に寄り旅行する予定だったがキャンセルした。スペインの死者は5000人を超え、100年前のスペイン風邪でクリムトとシーレが逝去したことに思いを馳せる。名もなき人の死も芸術家の死も、誰かにとって胸が張り裂けそうな、塞ぎ込んでしまう惨事だが、今回の疫病でも後世に何かしらの作品を残すかもしれない人たちの命が奪われる可能性があると考えると居た堪れない。
旅行することができなかった岩手について書こう。ここに残して、平穏が訪れたら新幹線ではなく常磐線に乗ってゆっくり旅をすればいい。
「作家は作品の中に流れている時間の中で生きている。」
こう言った小説家がいたが、岩手出身の写真家−畠山直哉とみやこうせい−はまさにそうかもしれない。
畠山直哉といえば、人にあまり深入りをしない、少し遠くから都市の断片や故郷の東北の風景を切り取るような写真家という印象がある。彼が写真を学んだ1970年代後半から80年代は、日本で写真が芸術として認識され始めた時期だ。そうであるのにも関わらず、その時流には乗らないような、淡々と撮りたいものをカメラに収めるという姿勢が彼の媚びなさというか軸というか。そこがとても好きなところだ。
畠山直哉はその写真からは想像しにくいが、戦前戦後の前衛美術を牽引した瀧口修造と交流のあった大辻清司に写真を学んでいる。大辻はwikipediaに載っていないが、瀧口がリーダーであった実験工房のグループの一員でもあった。「東京から60kmも離れた大学にいたけれど戦後のカッティングエッジな空気があった」と筑波大学に在学した当時のことを振り返るが、なぜ畠山直哉は、実験工房的な、シュルレアリスム的な作品ではなく最初は都市を写す作家になったのか。高度成長からバブル経済に向かう時期に写真家としての道を歩み始めたので、その変わりゆく風景に目を留めたのだろうか。おそらくそうだろう。
陸前高田市生まれの彼は、東日本大震災以降、地元の変わり果てた姿と再生に注目する作家として改めて知られるようになっていく。そのきっかけとなったのが、東京都写真美術館で開催された「ナチュラル・ストーリーズ」展2011.10.1(土)〜12.4(日)だ。変わり果てた故郷をとって纏めたときに、「地震の前の風景の写真の方が見たい」という声が上がったそうだが、それでも記録として、その変わりゆく風景に目を留めて心がキュッと締め付けられる作家の気持ちの供養として美術館に作品が並んだ。日本の美術館は企画から展示までにかなりの時間を要するので、震災から半年ほどで、この展示が実現したのは、時代を写す使命を持つ写真美術館ならではと言える。
「ナチュラル・ストーリーズ」展に関して一つ驚くのは、津波の写真の隣に「Blast」の写真を展示したという点だ。この写真って実は震災の後に展示するものとしては大胆でかつトラウマを与えかねない選択だったのではないかと思う。恐怖や不安を与えかねない。しかし、目を背けたくなるような破壊のあとには必ず平穏や創造が訪れる、人為的な破壊もそうでない破壊もやがて収まる。そう言いたかったのか。これは、少し、いやかなり挑発的な展示だと思う。私なら震災直後にこの作品には目を向けず素通りしただろう。
畠山直哉 「Blast」 2002年 ラムダプリント 100 x 150 cm
最近では国立新美術館で開催されたDOMANI展でも彼の作品を見ることができた。そこでは、言語を持たない樹木−その外観だけで震災の爪痕と再生を語る−だけが静かに飾ってあった。Blastのような衝撃的な展示方法ではなく、緩やかに、しかし光のように過ぎた9年間で少しずつ再生している姿をみせてくれた。こういった展示では、遠く離れた東京で、しかも安全な美術館という空間で現像された写真を眺める行為は、無責任な傍観者だと感じさせられる一方で、こうして平穏を祈る機会を与えられたものとして感謝を念を抱くきっかけにもなる。
さて、もう一人の岩手の写真家については、あまり資料に当たっていないので簡単に紹介する程度にしようと思う。みやこうせいは、1937年生まれの写真家でルーマニアに関するエッセイや翻訳を数多く残す多彩な人だ。彼の撮ったモネの積み藁のような写真を見ると、ロシアで《積み藁》をみて画家を目指したカンディンスキーのエピソードを思い出す。
みやこうせいは、とにかくルーマニアの農村の人々の生活を撮るのが好きで、言葉が適切か分からないが純粋で無垢な、資本主義的な暮らしから程遠い、質素だが愛に溢れた人たちを追いかけている。
何といっても人間である。ルーマニアの農牧民に会うと、にんげーん!と大声で呼びたくなる。
市井の人々だけではなく、ロシア人のアニメーション作家のユーリー・ノルシュテインや同じくロシア人の映画監督アレクサンドル・ソクーロフの写真を撮っていて非常に興味深い。
彼のホームページを掲載しておくので、気になった人はぜひリンクを開いて見て欲しい。彼については、多くは語れないけれど、岩手の写真家について調べてみて初めて知った作家なので、彼の翻訳している本も含めて読んでみたい。
ちなみに一番気になっているのはこれ。魔女に会いに行った話が詳細に書かれているらしい。これは読みたい。タイトルに魔女と付けてしまったけれど、言いたかったのはこれで申し訳ない。
最後に、盛岡市にある本屋さんを1つ。ここが一番オシャレだったので、岩手に行った時には立ち寄ってみたい。
電話番号 019-677-8081
E-Mail info@booknerd.jp
住所 岩手県盛岡市紺屋町6-27 1F
営業時間 [月水木]12:00〜19:00
[金土日]12:00〜20:00
定休日 火曜日
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