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ドッジボールコミュニケーション

【メンバーシップサポータープラン用連載記事 ②】

・仕事帰りのレストランで

仕事の帰り、夕食をとるためにレストランに入った。

私が座った席から空席をひとつ挟んだ席に座る男女が、なにやら深刻そうに話し込んでいた。

少し離れてはいたものの、私と彼らの間に遮るものがないため、話の内容が聞こうとしなくてもどうしても全部聞こえてくる。

どうやら二人は夫婦で、妻の方が家を出て実家に帰っているらしい。話し合いをするために、このレストランで待ち合わせをしたようだ。

この場所を指定したのは妻らしく、夫はそれも気にくわないようだ。

「こんな所でゆっくり話し合えると思っているのか。おまえは本当に何を考えているんだ」

夫がかなり苛ついているのが伝わってくる。

〝こんな所〟でなかったら、夫はもっと妻に激しい言葉を浴びせていたのだろうと、少しやりとりを聞いただけの私にも想像できた。夫と二人きりになるのを避けて、妻の方が自宅ではなくレストランを選んだようだった。わからないではない。いや、やりとりを聞いているだけでそれは正しい選択だと思った。

なぜ妻が〝こんな所〟を選んだか、夫に考える気もさらさらなさそうだ。

たまたま居合わせただけの他人の会話だが、カウンセリングの現場でよく聞く事情がここにもありそうだと思うと、ついつい耳をそばだててしまう。

相手と一対一になって話し合うのが〝怖い〟人達の多くは、どうしても話し合わなければならない時、第三者を同席させるか、こうした他者の目のある場所を選ぶ。人目があれば少しは自分の話を聞いてくれるのではないか。怒鳴らないのではないか。レストランのこの妻も、たぶんそんな思いでこの場所を選んだのだろう。

彼女は言葉を選びながら、自分の気持ちを一生懸命伝えようとしている。これまで生活を共にしてきた夫を相手に非常に慎重だ。

この〝慎重〟はどこから来ているのだろう。言葉を選ばないと相手の反撃が怖いからだろうか。言葉を選ばなければ相手に伝わらないと思うからだろうか。

自分がなぜ家を出たのか。どんなことにしんどさを感じてきたか。一生懸命、それこそ必死に伝えようとしている。
 しかし、夫はそんな妻のことなどいっこうにお構いなしで、妻が一言と呟くと、夫はまくし立てるようにその何十倍もの言葉を妻に浴びせる。

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