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脳内で見えている色は違うかも

「わー、綺麗な青空ー。シュークリームみたいな白い雲が浮かんでるー。私あの空描こう!」
小学生の頃の図画の時間、運動場に出て写生をする授業の時、友だちが言った。
見上げると、本当に綺麗な青空。

そんな時、ふと思った。
私が見えている青と友だちの見えている青は本当に同じなのだろうかと。

見えているものに対して、これは青ですよ、これは白、赤、黄色と教えられたのでネーミングは一致しているし、教えられたネーミングの絵具を取るので、他の人と同じような色合いの絵を描くことができる。

でも、もしかしたら頭の中で見えている空の青色は、私がピンクと教えられた色かもしれない。白い雲は紫色かもしれない。ただネーミングが一致しているだけで、頭の中の世界は違うかもしれない。
一人一人、見えている世界は全く違うのかも。

私の世界は私だけのもの。
そんなことを考えたりした。

思えば、「この子は変わっている」と母に言われても致し方ない子どもだったなあ(笑)
かろうじて父が面白がってくれたので、そうした想いを消し去らずに、未だに覚えていて、こうして書いていたりするのだけれど。
そして、今の仕事にはとても大事な考え方なのかもと思えたりする。


自分も同じ経験をしているから、モラハラ問題の場合特に、自分も被害者だったから、同じような被害者の相談に乗りたいという人が多い。その時、たとえ同じような経験をしていても、加害者の言動がどれだけ似通っていても、自分とは違うのだということが、いざ相談に乗る段になると抜け落ちてしまう人が多い。

経験した分、相手がどれだけ辛い思いをしているかは痛いほどわかる。自分もそれだけ辛い思いをしてきたからこそだ。
しかし、そのとき、自分の辛さや自分の感覚と重ねてしまう。

同じい色が見えていると思い込んでしまう。

思い込んでしまうと、自分の助言を無意識に押しつけてしまう。
離れるか離れないか、離婚するかしないか、それはその人自身の感覚で決めていくことなのに、自分が良いと思う方向へ誘導してしまう。モラハラを受けて、心を支配されてきた被害者は、誘導されやすい。

押しつけてしまう側もまた、相手の世界、相手の加害者に自分の加害者を見て、自分の世界の中で自分の加害者にやり足らなかったこと、やって良かったことを押しつけてしまう。自分が正しいと思っていることを押しつけてしまう。

同じものを見ても、同じ経験をしても、一人一人、持つ世界、そこから感じる世界は異なっていく。
それをしっかり念頭に置いた上で、人の話を聞くこと・・・・。誘導ではなく、その人自身が自分で選んでいけるように提供するだけにとどめることは、相談業務において大事だよなあ、と。

自分が誰かを導けた、自分の助言通りに相手が行動し、うまくいったらしい、ということは、時に人に快感を与えてしまうので、そうなると、それは止めどなく繰り返されてしまうからご用心だ。。。。そう、私自身にも言っている。




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カウンセラー・作家。カウンセリングルーム「おーぷんざはーと」(大阪)1991年設立(https://othpage.com/)。著書「モラハラ環境を生きた人たち」(而立書房)「カウンセラーが語るモラルハラスメント」(晶文社刊 現在9刷)他 共著あり。執筆依頼、お待ちしています。
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