四十九日の法要を終えて
先日、父の四十九日の法要が無事終わりました。
緊急事態宣言下だったので早朝行って、朝一で法要をして、お昼すぎには自宅に着いているという超弾丸でした。
遅くなった時間時計
父が亡くなってからは、私の時間時計は少し遅くなりました。
いつもあっという間に過ぎていた時間が、なんだかゆっくりに。
父の死と向き合うようにしているからなのか、なんなのか。
今はその理由がよくわからないけど、ゆっくりです。
予想以上に心がしんどい
ほんとうにしんどいです。
しんどいけれど、日常は待ったなし。
子供たちも小学校や幼稚園があったり。夫も仕事があるし。
しんどいけれど、これまでと同じ日常に一生懸命近づけようとするのはほんとうにしんどい。
夫もそのしんどさがイマイチわかっていないようで(まぁ実の父じゃないしね)、私が無気力になってしまうことに理解してもらえない。
ほんとにほんとうにしんどくなって、どうしようもなくて。
夫にも理解してもらえなくて。
(私は倍返しする人なので、夫がいざ私と同じ立場になったら同じことをしてやるつもり。性格悪いんで)
住んでいる区が設置してくれている心の電話相談に電話しました。
第三者の人がとても冷静に穏やかに話を聞いてくれるって、
ほんとありがたい制度を作ってくれて心から感謝です。
一周忌の意味
電話相談で話を聞いてくださった相談員さんが本当に私に寄り添ってくれて、その方のおかげで心の傾きが修正されたと思っています。
・実の父が亡くなって一か月ちょっとで、これまでと同じ日常が過ごせるはずないコト
・旦那さんはまだ若いし経験してないから、わからないのはある程度仕方ない(本当は分からないなりに寄り添うべきだと思うけどねと付け加えてくれた)
そして一周忌の意味を教えてくれてはっとしたんです。
近しい人が亡くなったら心のバランスが崩れるのは当たり前。
だから一周忌と言うのがあって、3回忌と言うのがあって、7回忌と言うのがある。
亡くなった人を想いながら少しずつ、自分も前に向いていくための準備をそれらがしてくれているんだから、まだ一か月たったくらいの今で普通なんて取り戻せない。
だから無理しない。
今は私自身を私自身で守ってねと言われました。
(要は無理をしないでということ)
こどもたちのお祈りに救われる
うちは無宗教ですが、子供たちが通っていた幼稚園が偶然キリスト教系で。
なので、子供たちは何かあった時にお祈りをする習慣があります。
(小学校入学したら長男はまったくやってないですけどね)
先日も私がキーケースをなくして、長男と次男がお祈りしてくれて。
そしたらドラッグストアで落としていたのを誰かが拾ってくださって
無事見つかりました。
お祈りをしたら願いが叶うという成功体験をいくつかしているので、
(なくしものが見つかるとか習い事の試合で勝つとか)
なにかあると必ずしてくれるのですが、
今回の父の件に関してもものすごくお祈りをしてくれていて。
先日道端で、父に似た方が歩いていたらしく、長男が突然、
『おれのお願い叶ったかも!』と言い出したんです。
じいじが生き返ったかもと思ったらしく、けどよく見たらじいじじゃなかったんだけど、
『お祈りが叶ってまたじいじに会えたらいいな』と言ってくれて。
そういう子供たちの優しい気持ちに触れて、私も少しずつ前を向いて行けてると思います。
無理はしないでマイペースに。