【大人の読書感想文】喜嶋先生の静かな世界

 院生時代に購入した本でしょうか。とにかく、大人になってから買った本です。そして今でもよく読み返してしまう本ですね。

 多分、きっかけは研究者が出てくる小説を探していたんだと思います。登場人物の年代や状況が近いと感情移入しやすくて読みやすいんですよね。そして恐らくそのころ、研究に疲れていたのでしょう。だから、研究者の物語でも読んで気分を一新したかったんだと思います。なんとなくですが、検索してこの本を見つけたことを覚えています。

 主人公は大学生の橋場くんです。字を読むことは不得意なのですが、こと数学・物理などの理系科目に関しては間違いなく天才です。物語は橋場くんが大人になって自分の人生を振り返る形で始まります。基本的には大学4年生から博士課程ぐらいの間の出来事です。橋場くんは数学や物理がとても好きなのですが、大学での講義は高校までと変わらず先生が教科書に書いてあることを説明するだけのものでしたので、学問に対する興味を失っていたんです。それが、4年生になり喜嶋研に配属されたところからがらりと変わっていくんですね。物語の言葉を借りるのであればエキサイティングになっていくんです。ただエキサイティングと言っても、手に汗握る冒険や摩訶不思議なミステリィがあるわけではないんですよね。それなのにこの本は面白いから、何度も読み返してしまうんですよね。橋場くんに倣って自己分析を行なうならこの辺りに惹かれたんだと思います。

・研究者の生活の空気感
 院生室、院生時代の生活、学会の雰囲気、飲み会の様子、ひとつひとつの描写がなんかしっくり来るんですよね。院生室なんかのことは、あーわかるって感じになっちゃうんです。自分の院生時代と重なってなんか懐かしい感じになっちゃうんです。

・登場人物
 喜嶋先生、橋場くんはもちろんですが、清水スピカさん、櫻居さん、中村さん、沢村さん、森本教授、どの人もとても魅力的なんですよね。上手く言えないけど、なんだかとにかく惹かれるんです。

・喜嶋語録
喜嶋語録、好きですね。ぐっときます。
「研究にはスケジュールなんてない」
「上手くいかないとしたら、その理由は、君が一日に五千文字書けなかったこと、それ以外に原因はない。」
「本や資料に書かれていることは、誰かが考えたことで、それを知ることで、人間の知恵が及んだ限界点が見える。そこが、つまり研究のスタートラインだ。文献を調べ尽くすことで、やっとスタートラインに立てる。問題は、そこから自分の力で、どこへ進むのかだ。」
「研究とは、今はないものを知ること、理解することだ。それを実現するための手がかりは、自分の発想しかない」
「もう少し難しい問題が把握できる」
「そんな経験のためにここにいたのか」
「研究者の間では、言葉は、それが意味するところ、その
意味から形成される共通認識がすべてだ。」
「学問には王道しかない」
「デタラメでもいいから」「書いたら、直してやるから」
「まあ、ここだけの話だが、僕は、もともと凄い人なんだ」

「学問には王道しかない」は言わずもがな好きなんですが、個人的に憧れるのは研究者の言葉についてですね。学会とかで質問するとき、どうしても”良い人”面しちゃうんですよね。正直なところ、枕詞の”貴重な発表ありがとうございます。”とか不要だと思っていますし、研究としてエキセントリックなところに気付いたときはずばっと言ってしまいたいんですが、中々、言えないんですよね。喜嶋先生みたく純粋な研究者になりきれないんです。この小説を読む度に恥じ入ってしまいます。

 喜嶋先生には慣れないけど、自分自身も学問の王道を歩いて行けるよう頑張っていこうと思えます。もし読んだことが無い研究者の方がいらっしゃったらぜひご一読を。


この記事が参加している募集

#読書感想文

188,091件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?