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自分自身と干渉する(11.1節の解説)

 この章は節ごとに分けて解説していきます。「EMANが書いてみた」形式にするか「解説」形式にするか最後まで迷ったので文体が常体になっています。他の章とは構成の仕方が違うのでこの形で行こうと思います。この節は数式もなく、特に有料区間を設定するほどのことも書いていないので、特別に無料になっています。それでは、お楽しみください!

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 第 11 章は様々な話題を詰め込んだ章である。どれも粒子系についての基本的な話であるという共通点はあるが、それぞれの関連性はほとんどない。全体の軽い説明をするだけで済むかもしれないと思ったが、節によっては詳しく説明した方がいい部分もあったりするので、思い切って節ごとに分けて短い記事を書いていこうと思う。

二重スリット実験

 この節は、量子力学の一般向け解説によく出てくる有名な実験に関するものである。粒子の行く手をさえぎる壁に、二本の細い隙間(スリット)を開けておく。粒子は 1 つなのだから、どちらか一方の隙間を通過してその向こうのスクリーンにぶつかるのである。これは普通の光についてはずっと昔から行われており、「二重スリット実験」と呼ばれている。

 レーザーでも何でもないただの単色光を使った場合には、二つのスリットを通る波の位相を一致させるために工夫が必要である。二重スリットの手前にもう一つ、一つだけの隙間(スリット)を持つ壁を用意してやる必要がある。そこから抜けてきて広がる光を二重スリットへと通すのである。レーザーを使う場合には位相が揃っているのでいきなり二重スリットに当ててやってもいい。

 光は波として二重スリットの両方を通過して、それぞれのスリットから広がった波は干渉を起こす。振幅が強め合う場所と、ほとんど振幅の無い場所とを作り出すのである。奥のスクリーンを見てみると、光が届く明るい場所と、光が届かない暗い場所が交互に並び、縞模様に見える。

 シュレーディンガー方程式で決まる波動関数も波のように振舞うのであるから、これと同じことが起こると想像できる。電子がスクリーンに当たる場所を調べてやると、粒子が届きやすい点と、粒子が届きにくい場所ができるに違いない。しかしそれは長らく思考実験でしかなかった。実際にそれを実行して確かめるだけの技術はかなり後になって可能になったのである。

 しかし電子の波動性については「デヴィソン=ガーマーの実験」や「G.P.トムソンの実験」などによって確認されていたのでこのようなことが起きることについては誰も疑うことはなかったようである。実際には1960年代以降に確かめられることになった。

 これが何を意味するのかというのは気になる話である。ただ 1 個の粒子なのだからどちらかのスリットを通ってきたはずで、そうなると干渉を起こし得ない気がする。しかし実際には、電子を 1 個ずつ飛ばしてもこの干渉は起きることが確かめられている。

現象の解釈

 残念ながらこれについて言えることはほとんど何もないのである。

 第 1 章で出てきた「CHSH不等式」の破れが実際に確認されていることなどによって、我々が観測しているものが実在していると言える根拠は既に無くなっている。観測するまではそれは存在しなかったも同然なのである。粒子のたどってきた経路についても何も言えない。

 あたかも二つのスリットのそれぞれを通り抜けてきた電子が実在して、それらが互いに干渉を起こしたかのような現象であると解釈できるわけだが、数式がそういう形になっているためにそう解釈できるというだけのことである。そのイメージ通りのことが現実に起きていたと言えるだけの証拠は無い。

 物理学者というのは数式を解釈して、その裏で本当は何が起きているのかを推理することが仕事だったりするのだが、そのせいでこの問題を放置しておけなくなっている。何かうまい解釈を考えて、この現象の裏にある未知の仕組みを探ってみないではいられないのだ。

 しかしここまでに考えてきた姿勢を貫くならば、それについては既に答えが出ている。余計な解釈はこれ以上必要ない。これはここまでに説明してきた理論通りのことがそのまま起きていると考えれば良いだけであり、理論が作り出した幻を見せられているのである。


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