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EMANが堀田量子第2章を書いてみた

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 この記事は、堀田量子の第 2 章と同じ内容を「私ならこういう感じに書く」という試みです。これを読めば理論の見通しが良くなって堀田量子の教科書を読みやすくなるかもしれません。なるべく教科書に出てくるのと同じ数式を使うようにしていますが、式番号は教科書とは合わせてありません。また、教科書に載っている全ての話が入っているわけでもありません。少し情報量を下げてあります。文体は「EMANらしく」常体にしておきます。

 ではお楽しみください。

密度行列には情報が入っている

 まず次のような行列を考えよう。

$$
\hat{\rho} \ =\
\left(
\begin{array}{cc}
\frac{1}{2}( 1+\langle \sigma_z \rangle) & \frac{1}{2} (\langle \sigma_x \rangle - i\, \langle \sigma_y \rangle) \\[10pt]
\frac{1}{2}(\langle \sigma_x \rangle + i\, \langle \sigma_y \rangle ) & \frac{1}{2}( 1 - \langle \sigma_z \rangle )
\end{array}
\right) \tag{1}
$$

 これは「密度行列」あるいは「密度演算子」と呼ばれるもので、これからの話の主役である。これの物理的な意味や、どういう目的でこのような形のものを定義したのかは徐々に明らかにしていこう。

 この定義に含まれている$${ \langle \sigma_x \rangle \, , \, \langle \sigma_y \rangle \, , \, \langle \sigma_z \rangle }$$は電子のスピンをそれぞれの方向について測ったときの期待値である。つまり、全く同じ状態の電子を目の前に無限回持ってこられて、それを毎回$${ x, y, z }$$軸のいずれかの軸方向に測定したときの全ての結果の平均値である。

 さらに次のような 3 つの行列を用意してやる。

$$
\hat{\sigma}_x \ =\
\left(
\begin{array}{cc}
0 & 1 \\
1 & 0
\end{array}
\right) 
$$

$$
\hat{\sigma}_y \ =\
\left(
\begin{array}{cc}
0 & -i \\
i & 0
\end{array}
\right) \tag{2}
$$

$$
\hat{\sigma}_z \ =\
\left(
\begin{array}{cc}
1 & 0 \\
0 & -1
\end{array}
\right)
$$

 これらは「パウリ行列」と呼ばれている。既存の量子力学ではスピンを表す演算子として知られているものだが、本書では量子力学を最初から構築し直す立場なので、これの物理的意味はまだ考える必要はない。

 先ほどの密度行列$${ \hat{\rho} }$$は、これらのパウリ行列と単位行列$${ \hat{I} }$$を次のような形で組み合わせて作られている。

$$
\hat{\rho} \ =\ \frac{1}{2}\Big( \hat{I} \ +\ \langle \sigma_x \rangle \, \hat{\sigma}_x \ +\ \langle \sigma_y \rangle \, \hat{\sigma}_y \ +\ \langle \sigma_z \rangle \, \hat{\sigma}_z \Big) \tag{3}
$$

 これらに込められている数学的な構造の工夫について話すのは後にしよう。とりあえず、この密度行列$${ \hat{\rho} }$$にはスピン測定についての全ての情報が含まれているということを伝えたいと思う。

 スピン測定についての全ての情報とは、ある方向$${ \vec{n} }$$について測定したときにスピンが上向きになる確率$${ p(\sigma(\vec{n})=+1) }$$が分かるということである。今、目の前にはこれまで無限回の測定をして期待値を知っているのと同じ状態の電子が再び用意されて置かれているとする。今回は$${ x, y, z }$$軸のいずれかの軸方向ではなく、任意の方向$${ \vec{n} }$$に沿って測定してもいいのだ。

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