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彼女のようには生きたくない、でも大好きだ。 「村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝」を読む

ここ数年で、ダントツに面白かった本といえばこれだ。

村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝。その名の通り、伊藤野枝という女性の生涯を追っている。

明治に小さな漁村で生まれ、
活字を読みまくり、
堂々と金を無心し、
評論や創作をガツガツ書き、
好きな男とセックスしまくって、
子供を7人も産み、
世の中の圧力や理不尽に異を唱えつづけ、
28歳で憲兵に殺されてしまった。

野枝の名前は、よく「婦人解放運動家」や「無政府主義者」として語られる。
しかし、野枝にはどんな肩書も似合わない。
恋がしたいからする、文章が書きたいから書く、食べたいから食べる、子供を産みたいから産む、約束したいからする、破りたいから破る。そんなことをしていたら、恋人が別の女に刺されてしまったりする。それでもやめない、わがままに生きる。


もうめちゃくちゃな人生なんだけど、野枝はずっと書いている。だから単なるわがままな女で終わらなかった。
主張があれば、片っ端から文章にして発表する。気に食わない意見があれば名指しでガンガン批判するし、愛する男とは浮ついたラブレターをひたすら送り合う。時の内務大臣に送りつけた手紙の最後はこう締めくくる、「あなたは一国の為政者でも私より弱い」。

同じ人間が人間に、なんで特別な圧力を加えるのよ、おかしいでしょう。その怒りと疑問をぶちまけつづける野枝は、とにかくひたすらかっこいい。

そしてこの本が面白いのは、もうひとつ理由がある。著者が野枝のことを好きすぎるのだ。もう好きで好きで仕方なくて、その熱烈な思いを全開にしたまま書き上げてしまっている。
野枝は、平塚らいてうから引き継いだ「青鞜」の誌上で、貞操・堕胎・売春等々についてあらゆるメンバーと論争し合う。著者はそれらの論争を、ひとつずつきっちり説明してくれる。誰々はこう書いて、誰々はこう書いて…、とわかりやすく噛み砕いてくれるのだ。
しかし、その終わり方はいつも「この論争、やっぱり野枝の勝ち!」。いやいや無理があるでしょうよと思いつつ、いやそうだよね野枝の勝ちだよね野枝最高、気づいたらこっちまでそう感じている。

著者の栗原康さんは、アナキストを名乗る政治学者だ。他の著書を手に取ってみたら、帯には「自分の人生を爆破せよ」とか「あらゆる支配を打ち破れ!」とか書いてある。おお、と思わず棚に戻してしまった。文章もなかなか攻撃的で、面白そうなんだけど、疲れているときに一冊まるごと読むのはちょっとしんどい、そんな印象だ。
でも、この本は違う。だってこの本は、一冊まるごと野枝に捧げるラブレター。そのほとばしるパワーが、すべて野枝の人生に注がれている。だから読み手は攻撃されない、誰のことも傷つけない、むしろ野枝への愛情が溢れ出る。野枝と著者の二人だから出来上がった、奇跡みたいな一冊だ。

私自身は、野枝のように生きたいわ、とは一ミリも思わない。だって規則もルールも大好きだ。約束だってちゃんと守りたい。何もかも自由にどうぞ、ルールなんてありません、といわれたら、きっと生きていけやしない。

それでも、野枝のことがめちゃくちゃ好きだ。この本を読むたびに、野枝の言葉や生き様に、それはもうスカッとするし、背中をどーんと押される。だって、何もかも破天荒な野枝だけど、根本に渦巻く思いは奇抜でも異常でもない。思いのまま生きたい、わたしもあなたも。それだけだ。

だからみんなに読んでほしい、笑ってほしい、そして明日の糧にしてほしい。吹けよ、あれよ、風よ、あらしよ。あなたは一国の為政者でも、私よりは弱い。

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