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日記:2024年6月21日 雨のち晴れ

・近畿もいよいよ梅雨入り。ところで梅雨入りや梅雨明けの判断基準については、意外にも気象庁において一元的な定義が存在する訳ではなく、専ら各気象台の肌感覚に依るところ大であるらしい。ちなみに梅の実が熟する時期に降る雨だから「梅雨」なんだとか。

・のっけからそんなどうでもいい雑学を披露するのは勿論、文字数稼ぎの側面も大いにあるが、未だ知識欲が衰えることを知らない父が第何次性徴とも知れぬ“なぜなぜ期”に入ってしまった事にも起因する。どうにもスマホを手にした俺を百科事典か何かだと思っているらしく、最近はテレビのふとしたフレーズや慣用句の由来ばかり気にするようになってしまった。自分の父親に言えるか? ggrksって。

最近やかましい

・まぁもっとも、得た知識そのものは無駄としても、何事も疑問に思って調べるというプロセスが大切なので、父のその鋭敏なアンテナ感度には呆れ半分に感心してもいるが。もともと自室を書籍で埋めつくして潰してしまうほどの本の虫でもあるから、この分だと痴呆の類とは無縁だろう。むしろ俺の方こそ少しは見習うべき勤勉さだな……。

・さて、昨夜遅くから午前中にかけてそれなりに降っていた雨だが、正午にもなると、まるで嘘だったかのように燦々と降り注ぐ太陽に自然の妙を見た。こうなると持って行った傘を忘れそうで怖い。ところで、いくら盗られてもほとんど泣き寝入りせざるを得ないからって、傘と自転車においてだけやたらと窃盗の心理的ハードルが下がってるの、あれそろそろ意識改革とかでなんとかならんかな。

・選挙制度を完全にハックされた結果、日ごとに混迷の度を深める東京都知事選。此度は有権者ではないので傍観するよりないが、腐っても首都の長を決める選挙にしては、まこと常軌を逸した錚々たる顔ぶれとの印象が拭い難い。多くの良識ある都民の皆様におかれましては、実に気の毒ですらあるが、別に気骨ある人物を候補者として擁立できない以上、彼ら自身の責めに帰す他ない。静岡の県知事選を馬鹿にしている場合ではなかったですね。

・特に今日ホットなトピックとしては、公権力の脅しに屈してすごすごと引き下がった裸ポスターの件。まったくもって情けないのひと言に尽きるが、もとよりあのような売名目的の泡沫候補に思慮深き道理もない事は、誰の目にも明らかである。故に滔々と「表現の自由」の重みを説き、ひと度掲げた以上は武士の末裔らしく、最後まで官憲と闘い信念に殉じて果てよ、などと言ってみても、まったく詮無きことでしかない。

・とはいえ真摯にそれを標榜する人々からすれば、いわばどこぞの馬の骨が勝手に代紋を持ち出した挙句、背中から撃ってきたようなものであるためメンツが立たず、憤慨するのも無理からぬ事と言える。繰り返しになるが、今回に限らずどうにも最近の風潮は、「自由」を標するからには相応のコストとして「責任」が伴うという当然の摂理を軽視し過ぎなきらいがあるね。

・今日はラーメンを食ったのでその話をしようかと思ったが、文字数は足りてるし、最近なんだか飯の話ばかりし過ぎてる気がするので自重。明日ネタに困ったらその話をします。美味かったけど、なんだか一周回って客層がな……。


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