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日記:2024年6月13日 曇りのち晴れ

・突然の告知からまさしく昨日の今日で、Twitterにおける他人のいいね欄が閉鎖されてしまった。独裁体制ならではの迅速果断ぶりであるが、少なくとも民主主義の根付いたる本邦においては賞賛の声が小さく、専ら“改悪”としてまたもイーロン皇帝に対する糾弾の種がひとつ増えた事になる。

・この施策に対して個人的にはどうであったかと言うと、(自分で言うのもなんだが)意外にもまずはその合理性において、一定程度の納得を抱かずにはいられなかった。もちろんイーロン・マスクの事は嫌いであるから甚だ癪ではあるし、現に著しいまでに不便も生じている。実際、それを覗き見る以上に楽しい事などこのSNSには無いとさえ思うほどで、発信は減る一方、他人のいいね欄を拝借するのは学マスに次ぐ日課となっていたからだ。

・基本的には性的嗜好において、信用の置ける相互が保存したスケべピクチュアをブックマークに納める事が主目的であったが、本質的に趣味嗜好、政治的スタンス、交友、人間性などがツイート以上に垣間見える機能ゆえ眺めるに飽きない。またその内容如何によっては、時にいいね越しから冷ややかに昏い侮蔑を向けるなど、陰湿この上ない使い方をしてきた。また、曖昧な主語の悪口が飛び交って界隈が荒れている際には、下世話なオタクのいいね欄から渦中の人物と内容を把握できる機会も決して少なくなかった。その意味で誰よりもこの機能を“有効に”活用してきたという自負がある。

・翻って、だからこそ、もとより公開されるべき機能ではなかったのだと強く言えてしまう。それも「プライバシーの保護」と言われたら、まったくその通りだと思うし反論の余地を見出せない。まして今は迂闊な投稿のいいねすら、誹謗中傷への賛意と捉える判例も出てくる世の中である。確かに閉鎖される事によって生じる不都合は計り知れないが、それと同じくらいに公開されていて善い事も一つたりとて思いつかない。実際、俺自身は自分の価値観等をそこで推し量られる事をひどく嫌っており、もはや必要最低限にしか“いいね”を押さなくなって久しかった。よくないね。

・俺も含めてどうあっても他人の嗜好を覗き見たい人達が色んな理屈をこねてイーロン・マスクへの憎悪を垂れ流すのに終始する一日と思われたが、ここで巨額の資本を投じて作られた啓蒙主義的・植民地主義的なスペクタクルムービーが瞬く間に現れては沈み、さながら流星の如き勢いで話題をかっさらっていった。或いは本場のレイシストですら表現を躊躇うであろう迫真の演出のもと、ひたすら無知と無理解が織り成す空前の差別超大作を前に、流石の俺も思わず息を呑んだ。どうやら俺が知らないうちにモンゴロイドは名誉白人種に名を連ねていたらしいな。サムネイルひとつ取っても戦慄のあまり背筋が凍るほどである。

・もはや誇張ですらなしに拙くない表現が一分子たりとも存在せず、非難に値する箇所を挙げればキリがない程の恐るべき動画であったが、誠に恥じ入るべきは、それらが決して悪意によってもたらされたものではないという点に尽きるだろう。悪意であれば人に害を成す事を前提とした時点で、ある程度対象がフォーカスされ、結果として意図も表現も限定的なものになりがちだが、件のMVはあくまでも当人たちの真摯な物語に基づく世界観であるから、一旦スピってしまうとあとは際限なく加速していくばかりだ。本来ならそうなった場合に、第三者的な目線から歯止めを掛ける役目を負うべき部署もあったはずなのだが。

・このようなザ・世界仰天映像がなんのチェック機能も働かずに素通りしてしまった事実に、憂いるべきレーベル、広告業界の現状がよく顕れている。かといってそこに携わる彼らを一括りに「学がない」などと断じて“教養”の必要性を説く事も、それ自体が啓蒙主義の縮小再生産じみていて具合が悪い。第一、いくら腐ってもそのような人間が大勢就けるような職種とも思われない。

・然るに結局のところ、欠けているものは(詭弁や綺麗事のように思われるかもしれないが)知識によらぬ意味での理解であり、その根幹は他者に対する敬意の欠如でしかないように思う。敬意とかリスペクトとか言うと字面が字面なので、高い基準で誰も彼もを恐れ敬う事を要するように誤解されがちだが、そうではなく、ごく普通に挨拶する程度にでも相手を慮る気持ちがあれば、それで足りるはずである。実際、今度の事は無意識にでも他者を人間とすら思っていないがために起きた必然の結果であると、何よりもあの映像そのものが克明に描いているではないか。敬うべき隣人の存在はいつも遠くにあって近いものである。

・さて、柄にもなくご高説を垂れてしまったため、どうにか台無しにして相殺したいが、なにも思いつかないな……あ。せっかくなら、あの日見た構図の名前を僕達はまだ知らないのでネーミングでも募集してみるか。ね。


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