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日記:2024年3月29日 晴れ

・在宅。なにか人並みに焦った方がいいのかと逆にそわそわする年度末最終営業日。それもこれも日頃から慌てずに済むよう、周囲のスタッフが手厚く面倒を見てくれたおかげなので足を向けて寝られない。かんしゃ〜。

・X(Twitter)のトレンド欄が一瞬、消滅して復旧された。不便な気もしたが、無いなら無いで大いに結構だと思った。きっとこんなものがあるから、人は大した信念もなくゴシップや時事問題に余計な口を挟んでヘイトを燃え上がらせる。今の人類には過ぎたる機能なのだ。あと、ユーザー個人に向けたおすすめワードをトレンドなどと称するのもやめてほしい。ただのエコーチェンバーでしかないし、なによりあれを見てピュアなオタクが「トレンド入りした!」とかはしゃいでいるのを見ると居た堪れない気持ちになる。

・「アニクラで見よう見まねでオタ芸したら嘲笑された」という内容のポストを目にした。悲しいことである。あまり表立って言うとカドが立つので軽くに留めるが、オタ芸(サンスネ)に真剣とか言ってるオタクほど、日頃の態度を省みるべきだと思う。もちろん極めるのは勝手だし、身内同士で高め合うのは結構な事であるが、その物差しで他人を測るのは甚だ独り善がりでしかなく、無礼な振る舞いなので直ちに止めるべきだ。俺もオタ芸は好きだが、それがアニクラの全てではないし、楽しみ方は(他者に迷惑をかけない範囲で)人それぞれ自由なはずだ。はっきり言ってそもそもサンダースネイクが上手いからとて何ら偉ぶれる事でもないし、それで人として最低限の礼儀とか常識を欠いていれば世話がない。結局、どんな事でも最後に評価されるのは、ただ上手いだけではなくその上、謙虚な人柄の持ち主だけである。

・なんなら暇なので、片手間で部屋掃除に着手する始末。荒れた部屋を片付ける度、かつて鬱がピークに達して破滅的な生活を送っていた時期、見かねた父に突然と自室を暴かれて「この部屋の有り様が今のお前の心の在り方そのものだ」と猛烈に叱られたのを思い出す。まったくその通りであったし、今さら根に持っている訳ではないが、ただでさえ憔悴し切った精神状態の中、さらに自尊心を砕かれて自殺も考えるほどに痛烈な出来事だった。否。もとより何はなくとも、当時の思考は完全に希死念慮一辺倒であった。そうしなかったのは、単に勇気が振るわずに踏み切れなかっただけだ。結果、今もこうして醜態を晒しているが、いまは発作が起きても死にたいとまでは思わない。なんなら三十万円ほどポンと傍らに置いてもらえれば、たちどころに落ち着くであろう。それは寛解したという事でもなくて、単に加齢と共に自死するに足るだけの文脈を、チャンスを喪失したに過ぎない。先立った知人は生前から「せめて、若くて綺麗なうちに」と口癖のように言っていた。三十路も間近に迫った今の俺がそれに倣っても、もはや正当化できるだけの若さは残っていない。只々、絶望したおっさんが身を投げるだけのありがちな話で終わってしまう。何かにつけて周回遅れの人生だが、よもや死ぬ事においてさえもそうなるとは、皮肉なものである。

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