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ある「松坂世代」の知られざる最高到達点

2021年、平成の怪物と呼ばれた松坂大輔がユニフォームを脱いだ。

藤川球児、杉内俊哉、和田毅、村田修一といった数々の名選手がいる中にあって、「松坂世代」として世代の代表を担い、スポットライトを浴び続けて来た松坂の最高到達点は、どこだろうか。

甲子園決勝でのノーヒットノーランだろうか。日本シリーズやワールドシリーズを制した時だろうか。あるいは、オリンピックやWBCのような国際舞台かもしれない。いずれにせよ、それは記録にも、多くの人の記憶にも残るものに違いない。

一方で、同じ松坂世代でありながら、ほとんどの人が気づかないような場面で「最高到達点」を迎えた選手がいる。それが、「左キラー」として中日で活躍した小林正人だ。

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巨人の阿部慎之助と高橋由伸、阪神の金本知憲、広島の前田智徳…。小林が活躍した時代のセリーグには左の強打者がひしめいていた。落合政権下で、当初クビにおびえていた小林は、左のワンポイントとして活路を見出すことで才能がキラ星のごとく輝くプロ野球の世界に居場所を見出したのだ。

そんな小林の「最高到達点」は、それだと言われなければ、本人以外の誰もわからないような場面で訪れる。それは記録だけ見れば、中日の負け試合で、小林もリリーフに失敗しただけの、中日ファンの記憶にすら残らないようなワンシーン。

2011年の対広島戦。代打として登場した天才・前田智徳を抑えるために小林は投入される。しかし、小林の登板を見て、広島の監督・野村謙二郎は、さらなる代打・井生崇光を告げる。球速が130㎞そこそこの毎年クビに怯え続けて来たサウスポーが、天才と呼ばれた打者から打席を奪い、ベンチに追いやる…。

結果的に、小林は井生にツーベースを打たれてしまうが、試合の勝敗を超えた充実感が小林の胸にあった…。

これは、「嫌われた監督」の登場人物の中で、僕が最も印象に残った小林正人のエピソードだ。松坂という巨大な才能を見上げながら、「松坂世代の一人」として、プロの世界で何とか自分のポジションを確立しようと奮闘した男の知られざる「最高到達点」。僕は文字通り読んでいて震えた。

普通に試合を見ているだけでは、絶対に気づくことができないドラマがプロ野球の世界では起きている。そして、そんなドラマの一端を惜しげもなく披露しているのが、本書である。

12人の男たちの視点を通して描かれる落合政権下の中日は、あまりにもドラマティックだ。この記事を読んだ人の中には、小林正人の章の内容をネタバレしたことについて怒る人もいるかもしれない。

だが、安心してほしい。他の11人のエピソードもこれと同等かそれ以上のドラマがある。そして、作品全体に、こんな書評でのちょっとしたネタバレなんて吹き飛ばしてしまうような圧倒的な面白さが本書にはあるのだ。

プロ野球ファンならば、誰もが手に取り、読むべき一冊。そう言っても過言ではないと、僕は本気で思っている。


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