流行り廃りとバナナジュース

流行は作られるものである。流行ったから流行りなのではなく、流行らせたから流行っている。そんなことに気付くのに、結構な時間を要してしまった。
外装改修工事のさなか、ファッション、美容といったところに関心を向けている。そのものの情報だけでなく、もう一層上のメタ的な視点からファッションや美容を見る目が養われつつあるのを感じる(とは言ってもまだまだなのだが)。そこで分かったのは、流行りには周期性があるということ、そしてその波はほんの一部の中心的存在によって形成され、波及しているということである。まだ"一周"を観測していないのでその周期がどれほどのものであるとか、具体的な内容については詳しくないが、デザイナーズブランド、ハイブランド、トップインフルエンサーや芸能人が始めたことが、段々と大衆へ"下りてくる"ことにより、流行というものは形成される。その"下りてくる"速度感が分かるから、「23ssはこれが流行る」「少し流行を先取りしたいのならコレ」と、天気予報士かのように未来の流行を予測し彼らはペラペラとオシャレについて語ることが出来るのだそうだ。
それを知ると、少し安心する。誰もが予測しなかったところに急に爆弾低気圧が発生して日本列島中を大雨に曝すようなことはほとんどなく、等速に穏やかに流れる波に逆らわず乗っていれば向こう10年はサブカルチャーの中心で溺れることなく生きてゆけるのだ。
しかし同時に、「何だそんなものか。」とも思う。その時々の大衆の"感性"みたいなものが嗜好性を決定しているわけではなく、一部の人の広めたものに順々に染まっていくだけというのなら、我々の楽しむ"文化"はいつだって予測可能でつまらない、受動的なものに成り下がってしまうような気がする。これについては、定期的に現れる"天才"が適度に天気図を書き換え、飽きない程度に空模様を変えてくれて、サブカル史に唯一無二の「20年代」としてカテゴライズされることを期待するしかない。

そんな天気予報だが、当然にして外れることもある。「え?雨マークどころか曇マークすら出ていなかったのに、なんでこんなに雨降ってくるの?」という日は、どこに怒りの矛先を向けて良いのやら、とてもやるせない気持ちになる。文化の流行り廃りを予想し、それに則って資本を動かしている人の中にも、そういう人はいるのだろう。
2019年頃、第3次のタピオカブームが日本中を席巻した。SNS上では「タピる」という動詞が至る所で散見され、若者を中心にタピオカミルクティーが大流行りしたのが4年前のことだった。屋台やすごく狭いテナントが軒並みタピオカ屋に塗り変わっていくのを見ていて、流行りというものの力強さを感じた。
未だに大手チェーン店ではタピオカが売れているようだが、流行としてのタピオカはすっかり鳴りを潜めた。その時だっただろうか、「ポストタピオカ」として取り上げられたのは「バナナジュース」だった。類似した業種ということもありタピオカ店をそのまま居抜いてバナナジュース屋を開業するテナントがチラホラ見受けられ、その時は「タピる」に変わって「バナる」人が増えていくものだと思っていた(あぁ、語感の悪さよ)。しかし、結局の所「ポストタピオカ」ほどの熱量はバナナジュースからは生まれなかった。製造の際廃棄物となる皮をそのままミキサーにかけて「栄養がある」などと謳いバナナジュースに混ぜ込むといったコスト削減、企業努力が見られたものの、僕としてはその皮の食感が気持ち悪く感じられ、後味が悪く、大して美味しいと思えなかったのを覚えている。未だにショッピングモールの1階の角に店を構えてはいるものの、バナナの黄色を前面に押し出したキュートでポップな印象とは裏腹に物悲しく閑散としている店が多い。
数年間待っていた。「タピオカの次はバナナが来る」とコロナ前に言われてから今日まで、数年間待っていた。途中コロナ禍が襲い、機を逃したということはあったかもしれない。しかし、一部インフルエンサーが謳い、メディア各社が取り上げ、店を増やし、流行を作る軌道に上手く乗せられそうだったバナナジュースは、後味悪く失敗に終わった。悲しかった。流行に疎い僕が、割と早めにバナナジュースの情報を掴み、「なるほど、そう言うのなら静観してみよう。」と楽しみにしていた。しかしマリトッツォが間に割り込み、現在はカヌレがそのポジションにいるのだろうか。カヌレも一世を風靡するほどのインパクトがあったかのようには思えないし、何よりバナナジュースがその席に座るはずだった。
一体誰が「次はバナナジュース」と最初に吹聴したのだろうか。国民はタピオカには踊らされたが、バナナジュースには踊らされなかったように思う。その違いは何だったのだろうか。単に味なのか、ビジュアルを含めた「雰囲気」なのか。流行りの源泉と下流にいる僕達庶民の関係は、思いのほか不思議なものだ。流行り廃れることの出来なかったバナナジュース。可哀想なので今度飲んでみようと思った。

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