2022年10月20日

昨日嫌な夢を見てそこから生活リズムを崩してしまった。仕方が無いので映画でも観ようということで、マイリストに入れていた「響 -HIBIKI-」を鑑賞した。
女子高生響が、天才的な文章力で小説を投稿。その内容の素晴らしさに文芸界に衝撃が走る。しかし本人には人格的に問題があり?!____みたいな話である。率直な感想としては、あまり面白くなかった。主演の平手友梨奈がハマり役で、こう言っては申し訳ないが「何か問題がある子」の演技に向いていると感じた(勝手なイメージ)。ただ全体のストーリーがフワッとしていて、僕は鑑賞前に文学を通した哲学めいたものがテーマだと思っていたがどうやらそういうことでも無いらしく、何が言いたいのかが分からないただ平手友梨奈を推し出したいだけの作品だと僕は感じた。
1番の欠陥は響が書いた「お伽の庭」の内容を僕らは知り得ないまま映画の話が進んでいくことにある。「作者と作品は別」「人格に問題はあるが作品は本当に素晴らしく、心が震える」という描写がずっと続くが、「お伽の庭」を知らない僕達はそこに納得も共感も出来ないまま、リアリティに欠ける響の躍進を見せられ続ける。小説家を描くという話の構造上仕方ないが、この辺りが「フワッとしている」最大の理由だと僕は感じた。
もう1つは響というキャラの設定である。本当に小説が好きで、それにかける思いは生半可なものではなく、そして書き上げる文章の素晴らしさは誰もが認めるところなのだが、感情のコントロールが効かず暴力的な面があったり、常識的な会話が通じなかったりと人間性に欠陥があるという設定。これ自体には不満は無い。ただ、その癖に時折凄く人情味溢れた振る舞いをしたり、部屋の雑貨が可愛らしかったり、アルパカが好きだったりと、変に普通な面を持ち合わせている。変な言動が目立つから話の全体の流れが成立しているのに変なところで普通の女の子だというのが僕としてはノイズに感じられた。変過ぎないというのがリアリティがあって良いのかもしれないし、僕の捉え方が悪いのかもしれない。
響と対照的なキャラとして有名作家を父に持つ女子高生や、響と同時期に新人として注目を集める若者、長いこと地道に努力するも響の才能の前に夢を打ち砕かれる者が登場して響の作家としての異質さを補強しているが、彼らの掘り下げが中途半端なまま使い捨てられてしまっており、2時間の尺で物足りなさを憶えた。
話としては無駄が少なく分かりやすかった。主演の平手友梨奈の顔がすごく好きなので良かった。しかし終わってみれば別に面白いとは感じなかった。さて、釈然としないまま朝8時。もう寝る時間も残されていない。どうしたものだろうか。


横浜家系ラーメン。横浜発祥で店名が「〇〇家」と名乗る店が出す、豚骨醤油ラーメン。特徴は濃厚な豚骨醤油スープと、中太の麺と、ほうれん草。中でもほうれん草は一般的なラーメンには入っていない具材なので、視覚的にも「これは横浜家系ラーメンだな」と認識しやすい大きな特徴だ。今では全国どこにでもこの横浜家系ラーメンというラーメンを出す店は存在し、コンビニのチルドにさえなるほどの認知度を誇る。家系ラーメンの中でも特に美味しいラーメン屋は関東にいくつかあり、僕はよくそういう店に行くぐらい、横浜家系ラーメンが大好物だ。
横浜発祥と書いたが、もっと詳しく書くと横浜にある吉村家という店が発祥だ。だから横浜「家系」だし、これを出す店の名前は「〇〇家」である。僕が普段行くのはいわゆる「暖簾分け」の店で、喩えて言うならば分家のようなところだ。その店で十二分に満足していたが、「横浜の本家吉村家に行こう」という話が出て、それに乗ることにした。
土日では混雑時に1時間以上も並ぶのがザラだというが、今日は平日ということもあり10分, 20分程度で楽に着席することが出来た。いよいよ家系ラーメン総本山様のお出ましだ。見た目は思ったより薄い色をしていた。濃厚!無骨!のイメージがあったので褐色に近いような深い色をしているのかと思っていたが、そんなことはなくどちらかと言うとクリーミーな色をしていた。実際に飲んでみると、不思議なことに味は濃いのだが口当たりが非常に良い。油の割合なのだろうか。この濃さをこの飲みやすさにまとめている、というところに驚いた。麺は中太の割には細めで、固めのオーダーをしたので小麦感を残しつつも弾力がありツルッとした食感だった。ほうれん草、海苔は非常に良い香りがした。チャーシューは薄切りの燻製肉で、非常に香り高く柔らかさがあり、絶品だった。全体的に凄く食べやすい、飲みやすい一杯だったと僕は感じた。凄くお腹が空いていれば二杯いこうと思えばいけるのではないかというほどであった。僕が今まで食べてきたものは力強さが売りだったのに対し、本家本元のものは親しみやすさが強みだと感じた。そしてそれを逃げて角のない味を提供しているのではなく、バランスを整えてまとめあげることで実践していると感じた。
総本山を経験しておいて良かったと思う。暖簾分けの中で様々な哲学が入り込み、分岐して今の全国の「横浜家系ラーメン」があるということを思い知らされた。なかなか横浜に足を運ぶ機会が無いので、この「本物の味」を覚えておいて他のものを楽しみたいと思う。


横浜中華街と言えば_________。普通の人は中華料理。中にはヘンテコな雑貨と答える人がいるかもしれない。だが、僕にとって横浜中華街と言えば、「占い」である。
きっかけは昨年の9月。友達の誕生日祝いの催し事ということで横浜中華街に出向いた。その友達が占いをやってみたいということで、付き添いで全員が占ってもらったという過去がある。
1年以上が経ち、今日たまたま横浜中華街に行くことになったので、「これは久々に見てもらおう」と思い立った。断っておくが、僕は占いを真に受けているわけではない。当たっていることがあれば「うわ凄」となり、外れていれば「なんだ適当じゃん」となる。その間の占い師との歯の浮いた会話を楽しむ。そういう娯楽として僕は占いが好きなのだ。
手相は日に日に変わっていくらしいがそうは言っても基本的な線は余り変わらないだろうから、1年経ってもそこまで違うことは言われなかった。僕は感情線と頭脳戦が一直線になっているますかけ線を持っているから、「天才型だ」「天下取りの相だ」などといつも通りのことを言われた。しかし、同じ材料からでも切り口は多少異なったりするから面白い。去年は大して触れられることのなかった「全体的な線の薄さ」について、今年はいの一番につっこまれた。「あなたはまず線が薄いよ。線が薄いってのはね、周りに流されてるってこと。」驚いた。周りに流されているのかどうかは自分では分からなかったが、昨年と違うことを言われると、コミュニケーションとしても価値が生じて、見てもらって良かったと思えた。
他にも、詳しくはないが星座占いには太陽星座と月星座というものがあるらしく、それにより更に深く生年月日由来の人の性格を占う事ができるというので見てもらった。女性の好み、仕事の向き不向き、そもそもの性格など、色々な事を言われ、「あー…そうだな……」と思うものから「え、そうなのか?」と思うものまで、とにかく制限時間内で矢継ぎ早に言われることを充分に噛み砕けないまま流し込んだ。どこまでいってもあまり悪いことは言わないでいてくれるあたりに占い師のプロとしての妙技を感じた。
面白いのは、他人の占いを聞いていることだった。自分の話になると「そうかぁ?」と疑うような場面があったりもしたが、他人のを聞いていると面白いほどに当てはまっているのだ。占い師は誘導を上手く使って当てはまる言い方をしているなどと言われるが、僕にはそれを見抜く能力は無いのでただひたすらに面白がっていた。だがその理屈で言うと他の人が当たっているなら僕も当たっているし、実際に僕のことについても周りの人は「そんな感じする」と言われたので、客観的に自分をどう捉えられているか、という話に落ち着くのかもしれない。

そういう訳で、これから僕は黒髪で地味な感じのする頭の良い、よく見ると可愛い古風な女の子を探す旅に出ることにする。さらばだ。

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