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エッセイ【努力親父がくれたもの】

与太話でも。

二十代の頃、年上の男性が好きだったんですよね。
ある夏、十五歳ぐらい年上の男性とお食事に行ったような時期がありまして。

その方について一言で言うと、体のラインが出るタイトなパンツを履いた松岡修造の気合を50%カットしてグッチのベルトを装着させた気の利いたこと言うのが得意な努力親父、といった感じでした。いえ、実は親父感は全くなくて。いつ鼻の穴が覗いてもまるで美しかった。つまり美意識が高く、見た目を磨く努力を怠らない方だったんです。

そんな彼が私に贈ってくれたのは、「キミの人柄が好きなんだ」というセリフでした。まだ若く未熟だった私は空高く舞い上がりました。「人柄」なんて温かみのある言葉を使う男性、周りには居ませんでしたから。私は彼に、新しもの好きな外観重視に隠された"本質を見る心"のようなものを期待していたんですね。

まぁ、今思えば…そのセリフを言われたのは会って二回目でした。人柄もなにも私の何を知ってんだって話です。しかし。誰しもあたたかい湯気のような言葉には心ほぐれてしまうものだ、というのが今日の論点です。

さてその頃の私は、ビュンビュン飛行機に乗ってフライトしていました。毎回フライトするメンバーが違うので、働く仲間って毎回初めましてなんですね。そう、市井の噂通り。女性社会は怖いです。

一歩動けば怒鳴られ、二歩動けば足を踏まれる。三歩動けば尻を叩かれ、四歩動けば縛り上げられる。

まぁ…ひどい冗談!私を信じないでください。でも実際、機内での振る舞いや先輩との関係にオドオドと過ごす日々だったのは確かです。


そんなある日のフライトでのこと。私は一人の古株らしき先輩と反りが合わず、フライトの中盤までずっと険悪なムードが続いていました。彼女は正論派で、言ってることは全て正しいんだけど、言い方がな…みたいなタイプでした。

そこで私は、努力親父の力を借りることにしたのです。何でもいいから彼女の良いところを見つけて、心ほぐれるようなことを言ってやろうじゃないかと。
しかしどう見回しても、彼女には褒めたくなるような所が見当たりませんでした。失敬。

しばらくして、彼女は機内の台所でお客様に向けたお手紙のようなものを書いていました。よくある光景です。私は業務報告するフリをして、彼女にそっと近付きました。するとその手紙を書く文字の美しさたるや…。圧倒されました。私はご機嫌取りのことも忘れて、「わぁ…綺麗な字…」と心の声が漏れ出てしまっていました。それを聞いた彼女のほころんだ顔は今でも忘れられません。

その後着陸し、会社に戻るまでの間…。
彼女は私に対してなんと、優しき、素晴らしき大先輩へと変貌を遂げたのです。

私は大変感動させられました。
言葉の持つ力、思いを伝えることの大切さ。
小さなメッセージで、一瞬にして目の前の人を幸せにできるということ。
私は努力親父に心から感謝しました。


あら、その後が気になります?

私と努力親父は結局、結ばれることはありませんでした。なんと彼は…。あちらこちらで「僕の両親に会わせたい」などとうそぶいていたことがわかったのです。


……え?彼を「ミーハー薄っぺら詐欺親父」と呼ばないのかって?


いいえ。彼に本質を見る心はなかったようですが、私は彼によって清い学びを得ましたから。

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