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「アメリカで働く研究ガール」 #働くステキ女子、発見!#Chapter1 

過去に『Oggi(小学館)』にて連載されていたものです。



はじめに


 広告代理店に勤めていた頃、たくさんの種類の会社を訪問した。代理店ってそういうお仕事なのだ。その会社のイメージ広告や、社運を賭けた新商品の広告などを代理で引き受ける。だから会社の立場になって一緒に考えるので、そのときだけ色んな会社の人になれる気がする。へぇ、ゲームメーカーってこういうシステムなんだなぁ、とか、化粧品会社ってこういうお仕事があるんだなあ、とか疑似体験した気分になる。そこに勤める人の人柄や雰囲気も垣間みられたり。もちろん、外部の人間だから、浅いことしかわからないけれど、それでも、一社の中で宣伝だけではなく、マーケティングや営業、商品開発、広報、事業、などなど案件によって様々な部署のお話を聞くことになるからなんだか社会勉強にもなった。
 その中で、必ずどこの現場にも、いきいきと仕事をしている、キラキラした女性がいた。彼女たちに出会うと、ああ、素敵だなあと元気になったし、私も頑張ろうって思えた。
 会社で理不尽な目に遭って落ち込んでいる女友達に、その日私が目の当たりにした素敵な働いてる女の人の話をしたことがあった。すると、友人はビール片手に黙って聞いていたが、ぽつりと、みんな頑張ってるんだね、と言って、一気にビールを飲み干して、あたし、頑張るわ、と言った。色々あるけど、今日も頑張ってる女子の姿って、なんだか勇気づけられるものなのである。私は広告代理店という特殊な会社にいたから色んな会社の色んな働く女子を見ることができた。その後も、脚本や演出の為の取材や広告の仕事で更に色々な働く女子に出会うことになる。だからこの連載では、私が発見した働くステキ女子についてのエピソードを思い出しながら、みなさんにキラキラ女子パワーをお裾分けできたらいいな、と思う。

#Chapter1「アメリカで働く研究ガール」

 まず第一回は、私が人生ではじめて出会った、働くステキ女子。それは学生時代に会った、アメリカで働く研究者。

 大学一年の頃、私は、自分が社会にでて働いているイメージができず、悩んでいた。研究者になるのかなぁとなんとなく思っていたが、それってどんな仕事なのか見当もつかない。朝は何時に始まって夜は何時まで?ていうか、研究者ってどんなとこに就職するの?どんな雰囲気?私、向いてる?
 そんな中、高校の頃の先輩が、「同期のNがアメリカで研究者として働いているから会いに行ってみれば?」と言ってくれた。アメリカ?日本にそういう知り合いいないの?しかもそのNさん、直接知らない。戸惑ったけど、思い切って訪ねてみることにした。一路、カリフォルニアへ。
 空港で出迎えてくれたNさんは、色白でスレンダーでお目目くりくりの美人だった。研究者って、銀縁眼鏡で真面目で地味か、派手できびきびしてるか、っていうイメージを持っていたからびっくり。清純派の女優さん、あ、本上まなみに似てる。笑い方もくすくす。淡いジーンズにTシャツで、半袖から出る腕が白くて細いのと細身のジーンズなのに華奢だからだぽついているところが少年みたいだった。
 先輩のアパートに着く。思いのほか広かった。きょろきょろしているとNさんは言った。「よろしくね。しばらくこのソファーベッドで寝てね」と、私の部屋は居間になった。
 翌朝、車に乗り込むと、ふんわり可憐なNさんは、きりりと緊張の面持ちになった。いざ、出勤ともなるとこういう顔になるんだなぁと思っていたら、違った。
勤め先の研究所は郊外にあり、私たちは太陽がさんさんと降り注ぐハイウェイに乗ったところだった。

「私ね、毎朝死ぬ気で走ってる」
 
 Nさんはハンドルを握りしめ、緊張でガッチガチになりながら言った。
「え? Nさん?」だって、こっちに来て2年経つって言ってましたよね?
いい加減慣れたんじゃないの?死ぬ気で、って尋常じゃないよね?
助手席でドライブ気分ではしゃいでいた私は驚いて彼女を見た。
Nさんは口をぎゅっとつむってまっすぐ前を向いている。
ハイウェイは何車線もあって、中国の川幅の広い大河みたい。そこをびゅんびゅんものすごいスピードで車が走って行く。
日本みたいにおびただしい量の交通量ではないが、みんなスピード出し過ぎ。

「車線変更なんか、もう命がけ…」
 え?車線変更するの?Nさんは、大縄とびの順番が来たみたいな感じで、こわばっている。私もこわばる。

「えいっ」

 Nさんはハンドルを切った。えいって、先輩っ…。

「ふぅ〜。うまくいった…」

「・・・・」


 私も同時に安堵。どうか無事に研究所まで着いてくれッとただ祈るのみ。グリーンのでっかい道路標識が近づいては通り過ぎて行く。Nさんの華奢な肩を見ながら思った。アメリカ社会の中で、慣れない環境の中で、さぞかし怖いんだろう、心細いんだろう。1人で必死でそれらに押しつぶされまいとしている様子が伝わって来て、可哀想になる。東京の満員電車も辛いけど、会社に行くだけで、こんなに命がけなんだからね。

 研究所はものすごく大きく、敷地も広大。未来都市みたいな廊下を華奢で少年みたいな彼女は白いスニーカーですたすたと歩いてゆく。
「教授に挨拶に行かないとね」
 彼女のボスは鉄腕アトムのお茶の水博士みたいで吹き出しそうになった。「見学ですか、どうぞどうぞ。Nさんは 本当に優秀でね。この研究所のエリートなんですよ。そもそもここで働ける人なんて本当にごくわずかなんだから」
 Nさんは、いえいえ、と、恐縮して恥ずかしそうにしている。そうなんだ、選ばれしエリートなんだ…。命がけで出勤してますけど…。命がけで車線変更も...。
博士は、優秀な先輩の仕事、しっかり見て帰ってね、と言ってまた山積みになった書類に目を通し始めた。
 それから夜7時までNさんは、床を白いスニーカーできゅっきゅっと鳴らしながら立ちっぱなしで実験をした。周りではアメリカだけでなくドイツやオーストラリアなど世界各地から来た研究者が黙々と実験している。研究はそれぞれ1人での戦いだった。私語はほとんどない。Nさんも冷静に、真剣に作業をしている。
私はその合間にそっと彼女に聞いた。

「今晩、何食べたいですか?」
 
 滞在中の約束は、私が料理をつくるということだったから。

「ハンバーグ!」
 
 満面の笑みで彼女は言った。

 夜、8時に帰宅。まず彼女は洗面所に行き、ぬるま湯をはって、ぴしゃぴしゃと顔を洗い始めた。毛穴を開かせて、それから優しくこすらないように泡をのっけて流すの、と、あんまり顔を洗いたがらない私に教えてくれた。最先端の研究者って顔を洗うのも忘れて実験してそうなイメージだったけれどNさんはゆったり顔を洗い、化粧水もたっぷりつけた。

「毎日、こういう風にやってるんですか?」

「そうだよ」

 孤独な研究者といえどもきちんと女としての営みを怠っていないことに素敵だなぁと感動する。

「エリーちゃんも見てないでやりなよぉ。気持ちいいよ」

 やってみたら確かに肌が透き通った感じになった。

「母に教わったの」

 その言い方がなんとなく寂しそうだった。やっぱりNさん、寂しいの?そう聞いてみた。

「うん、まあね。時々母が来てくれるとほっとする」

「彼氏とか友達とかこっちでつくったらどうですか」

 彼女は首を横に振った。

「余裕ないし、今は、結果出したいから」
 ちょうどその日、隣のオーストラリアの研究者が新しいタンパク質を発見したとかで、その人の名前がつけられたところだった。
 彼女の台所の棚にはたくさんの日本食のレトルトが買い込んであった。おいしそうに炊きたてのご飯と甘めのハンバーグをほおばるNさんは、心配そうにしている私に言った。

「大丈夫。ペースができてるから。毎日の」

 確かに、死にそうになりながら朝8時に出社。夜7時まで働いて、化粧を落としてスキンケアしてご飯食べてお風呂はいって、その日のデータの整理をして、それから領収書を会計ノートに貼り家計簿をつける。その姿を見た時、なんだか胸がきゅんとした。アメリカ生活のペースをきちんとつくろうと必死な様子に。
「3年は頑張る」と彼女は言った。

 それから一年後、風の噂で、Nさんが東京に戻って結婚し、専業主婦になったと聞いた時、また、素敵だなと思った。相変わらず、働くステキ女子。きっと死にものぐるいで車線変更したんだろう。今度は家族のために働く。でも今度は寂しくないからよかった、と私は思った。



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