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2017年9月。
中学一年生の夏、正確には夏休み明けに席替えで彼女の隣の席になった。ここで恋愛小説のような展開を連想するのはあまりにありきたりだが、中学生の世界観なんてそんなもので、その頃から彼女は僕にとって周りと少し違って見えていた。
きれいに一つに束ねられた黒髪は四年たった今と同じように、外からの光に照らされてさらさらと風になびいていた。
 
しばらくたつと僕たちはよく話す仲のいいクラスメイトになっていた。放課後、部活が終わるのを待って一緒に帰ったり、図書館で向かい合ってガチのテスト勉強をしたり、だんだんと一緒にいるのが当たり前になっていくのを感じた。当時周りには付き合っているとさんざんからかわれたが、僕たちはそんな関係になったことはなかった。
 
彼女は休み時間によく本を読んでいた。一度だけ「白い風船」という本を借りたことがある。僕には筆者がいいたいこととか面白さとかよくわかんなかったけど、彼女はその本が好きだったようで、この四年間で少なくとも十回は彼女がそれを手にしているのを見た。
 
2018年4月。
アラオイブキ。中学2年の春、この名字のおかげで自分のクラスを見つけるのは容易かった。けど、同じ列にミナセシオの名前はなかった。何分間か探してやっと見つけた彼女の名前は、僕の隣のクラスの名簿にあった。
クラスが離れてしまうと、わざわざ会いにいかない限り、ほとんど話すこともない。仲が悪くなったとかそういうわけではないが、彼女と関わることが減った。

「2020年6月17日、水曜日、晴れ。」 この日のことはよく覚えている。
偶然同じ高校に進学した彼女と僕だったが、中学以来ほとんど会話もしていなかった。
それなのにこの日、部活のあとみんなが帰って自分一人になっていた部室を後にすると、目の前に彼女が立っていた。
中学の頃の記憶と比べるとより小柄に見える彼女は、何を考えているのかわからない表情をしていて、小さく口を開けた。
「わたしはずっと、イブキのことが好きだった。」
その言葉だけを残して、彼女はすぐに背を向けて帰った。
なぜかはわからなかった。だけど、彼女は泣いていた。

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