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やじろべえの寂寥

仕事上で定期的に連絡を取る19歳の女の子がいる。
なぜか季節が変わる頃に連絡が来る彼女はあまりにも良くできた子で、メールを開く度に忸怩たる思いをしている。勘弁して欲しい。
夏前に届いたメールの文頭の挨拶であった「ジメッとした天気」は「カラッとした陽気」に変わっていた。私も毎回ワクワクしながら返信している。
どうしてみんな季節が移り変わったことを誰かに話したくなるのだろうか。

夏が終わったことが寂しくなったのではなく、秋そのものが寂しくなる季節だと思っている。
夜道は鈴虫の鳴き声が響いていて釣られるように最寄り駅から歩いてしまう。肌寒い夜の気温が、夏休みの日焼けで火照った体と心を冷ましてゆく。
金木犀の香りが漂っても、その瞬間は誰にも共有できないから寂しい。

こんなに移ろいやすい季節の中で心の安定を図ること自体、難しい。
それでもあらゆることはバランスなのだと思う。1年で感じる充実感や幸福感、不足感や寂寥感はどこかでうまく調整されている。
だから我々はこうしてなんだかんだ今日を生きている。


バランスと聞くと、やじろべえを思い出す。
左右どちらかに重さがかかってもひっくり返ることがない日本の伝統的な玩具である。
グラグラと左右に揺れつつも長期的には安定を保っている。一喜一憂する我々もそうなのだろうか。

そしていつも、山田うどんを思い出す。
埼玉のソウルフード・山田うどん。「早い!安い!うまい!腹いっぱい!」がコンセプトのうどんチェーン店だ。高校生の私のご褒美は帰り道にあった山田うどんだった。

決して忘れることのない280円のうどん。コシの足りない麺は、まだ社会に踏んでも揉まれてもないコシのない当時の私には丁度良かった。青春の味、いまでも魂には山田うどんが宿っている。世界が終わる最後の日に食べたいかと言われれば絶対に食べたく無いが無性に食べたくなる。


「山田うどん!」

街で山田うどんの看板を見かけたとき、心の中で必ずはしゃいでしまう。これが誰かと一緒にいた時は、

「ほら山田うどん!あれが山田うどん!」

と隣の友人の肩をバンバン叩き指をさしながら叫んでしまう。
意外と良くあるケースが、助手席でついつい寝てしまって起きた時にたまたま国道沿いの山田うどんが目に入った時である。


「ん…山田…?」


「山田って…」


「あ山田うどん!ほらやっぱり山田うどん!」


山田うどんを見た時の心の躍動は、山田うどんに魅了されたものにしか感じることができないのである。

山田うどんの魅力を感じてきたところで演習問題を出したい。山田うどんなのか、そうではないのか一緒に心の中で叫んで欲しい。

【Lesson1】

「山田うどん!」

正解は山田うどんである。サービス問題。外してしまった方は一体なにをこれまで学んできたのだろうか。やじろべえのトレードマークがかわいい。あとしっぽ巻いてる「ん」




【Lesson2】

「山田うどんじゃない!」

正解は香川・讃岐うどんである。香川はうどんの消費量が日本一のうどん県だ。コシのある麺、パンチの効いたダシ。まさにうどんの王様である。






【Lesson3】

「山田うどんじゃない!」

正解は山下本気うどんである。ここで難易度がグンと上がってくる。山下だけではなく山田もずっと本気なことは確かだ。
昨年新宿にもオープンしたSNSでも人気なうどんチェーン店でアイデアの豊富なメニューが特徴的。白い明太チーズクリームうどんは二度見してしまうほどのインパクト。平日昼、オフィスで食べるためにテイクアウトをすると並んでいる若者をすっ飛ばしてうどんを受け取ることができる。ごめんね本当に。




【Lesson4】

「山田…あ違、山田うどんじゃない!」

正解は山梨・吉田うどんだ。かなり難問だったのではないだろうか。周辺でほうとうが有名なことからくるのか、吉田うどんの麺は太くて固い。うどんには塩を練り込んでいるようでほのかに塩味。


充分。もう充分山田うどんへの愛を伝えることができた。満足である。せっかくなら読者の皆さんも山田うどんの分別がつくようになって素敵な週末を迎えて欲しい。教えることはもう何も無いので、最後に卒業試験に挑戦してほしい。




【Last lesson 】



「いや山田うどんじゃ…」





「いや、ひょっとすると…」




「山田うどん?!」




「山田うどんじゃない!」


正解は適切なアルコール量のバランスを間違えたやじろべえである。ものの数時間で安定を保った。山田うどんを愛していて良かった。

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