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帽子と鞄それと草鞋

なんだかシャンプーアンドリンスみたいですね。


と吐き捨てることができればこの詰まりそうな呼吸が少しは楽になる気がしていた。渡された名刺の【CEO 兼COO】という重苦しい肩書を眺めていたあの新人時代から数年が経った。あの頃はただ、セオサイクル出身の自転車が脳内を走り回っていただけだった。


何もかもありふれすぎたこの時代のなかで縮小しようとする動きも目立ち【シャンプーアンドリンス】はその筆頭を担っている。頼んでもいないのにスーパー銭湯などで備え付けがあると「頼んでもいないのに!」と心のなかで泣き叫びながらギシギシと髪を洗っている。その需要の所在はきっと肌の弱い方や小さな子どもにあると思うのだが、最近は【全身シャンプー】いわゆる【シャンプーアンドリンスアンドフェイスアンドボディーソープ】も販売されているようだ。

この調子で時代が進んでいくと、私はこれから時間がない時に【シャンプーアンドリンスアンドフェイスアンドボディソープ】で全身を洗い家を出て【化粧水兼美容液兼乳液兼クリーム兼日焼け止め】でケアをして【日傘兼雨傘】を指して歩いている女性を足早に追い越し【携帯電話兼寂しさ兼友達兼あのケンカもあの約束兼僕の歴史兼僕の居場所】で友人に連絡を取り日常を進めていくのだろう。おっと失礼、いつのまにか青春を口ずさんでしまっていた。



サウナブームの沼から抜け出せなくなり久しいが、相も変わらずこの沼で藻掻いていると【サウナハットアンドバック】を見つけたのである。向かうまでは荷物を詰め込むバックとなり、現場では熱波から頭を守るハットへと変貌を遂げる。変形にロマンを感じることが往々にしてあり、車から人型ロボットへ変形する「トランスフォーマー」へのかつての情景とそれは似ていた。


持ち歩いてみる。
全く違和感がない。このバッグがハットになるはずがないと鏡の前で不敵な笑みを浮かべる。

被ってみる。
巾着袋のような見た目から、あの現実と隔離された空間でハットと成ることを自分だけが知っているという興奮を覚える。そして先日、初日を迎え飛び出るように家を出た。

往路:最寄りエスカレーターにて

のぼりエスカレーターの人々から視線を感じることがないのは、このちいさなバックがおおきなハットに変わることに皆目検討がついていないからである。やがてくる衝撃に備えてしっかり手すりを握っておくといい。

往路:ホームにて

電車を待つ人々が下を向きスマホばかり見ているのは、このコンパクトでクールなバッグが、ホットなハットとして活躍する前例が経験の中に養われていないからである。やがてくる衝撃に備えて、少しでも目を休ませておくといい。

往路:銭湯入口にて

着替えている客がこちらを振り向くことが無いのは、やがてハットになるこのバックを目にして尻もちをつく己の情けない姿を想像することができないからだ。やがてくるその衝撃に備えて、早めにパンツを履くといい。



復路:銭湯出口にて


バックとしての愛着が湧いて使えんかったやで



薄々気づいてはいたが、これまでバックとして愛でながら過ごしているとハットとしての使用で汚してしまうことを躊躇してしまう。そもそも濡れてしまった後、収納していた荷物はどうすれば良いのだろう。使い方次第ではもっと良いやり方があるので今後工夫が必要である。


兼ね備えることはそこに器用さだったり応用力が必要とされるのだろう。
学生時代に洋服屋店員と居酒屋店員の二足の草鞋を履いていた。だがシフト調整や気持ちの切り替えが慣れるまでは難しく、特に疲労がたまっていた時は右足の草鞋を左足に履いていたことダブルブッキングもある。

かつて新人だったあの頃の自分へ伝えたい。
残念ながら向こう数年はまだ阿呆の予報が続く。その間に実家近くのセオサイクルは潰れたしアルバイト先の洋服屋は無印良品になった。
あとCEOとCOOの兼任マジで多分めっちゃすごいと思う。

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