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小説「なんで、私が乳がんに?」(26)

社畜生活も20年を越えるが、2週間も休みを取るのははじめてである。人生初のロングバケーションが新婚旅行でもなんでもなく、こんな形になるとは。
課の部下たちには入院のため2週間休むが、大した病気ではないのでそうっと休んでそうっと帰ってきたく、内聞にしてほしい、と伝えた。最初の数日は無理だが、3日ほどたてばPCは開けるので、リモートワークとでも思っておいてほしい。外部の関係先にも病院から連絡すればわからないのでとくに言わない。しばらく迷惑をかけるが、サポートをお願いしたい。病名には言及せず、「とにかく触らないでください」オーラを放った。
普段は頑強で病欠をしたことがない人間のため、みんなとまどっているようだが、昨今のリモートワークの普及も手伝って、さほどの動揺は感じられなかった。

自分が管理職になる前は、会社を実質的に回しているのは非管理職社員たちだし、管理職はとにかく判断して、決裁をサクサク承認して、責任だけ取ってくれ、と思っていた。自分が管理職になってからも、ここだけは守っている。

この世で、たとえ社長であろうと大統領であろうと、いなくなって会社や国が終わるような人間は誰ひとりいない。そう思うと気が楽だ。一方、自分は社会から必要とされていない人間だ、という一抹の寂しさもあり、ささやかな有益感が励みになっていたのだなあと思う。いずれくる定年退職のときにもこのような心境になるのだろうか。

廊下に出ると、麗羅が心配そうな顔で近づいてきた。おっ、可愛いところあるやん。

「あのー、婦人科系の病気ですか?うちの母も・・」曖昧に微笑んで首を傾げて答えなかった。
たしかに40~50代女性が入院というと子宮筋腫などの婦人科系が多い。がんでも子宮や卵巣、乳がんなど女性ならではの病気の頻発世代である。若い世代でも会社の健康診断に組み込まれた婦人科検診で定期的に診ているのと、芸能人の啓蒙活動によって早期発見の意識が高まっているのはよいことだ。

そう、美咲に気づくきっかけをくれたあの女優さんは、日々ブログで闘病生活を綴っていた。治療の合間にも家族とのふれあいや日々の嬉しかったことなどを丁寧に慈しんでいる。彼女の影響で、乳がん検診を受ける人が増えたのだそうだ。今やその女優さんに一方的に連帯感を感じている美咲である。

ともあれ、2週間の休み、取るからには満喫しよう。そうだ、これは貴重なバケーションなんだ。旅の準備をしないと。




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