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最近のアニメがつまらない理由:製作者がネットの反応や受けを意識しすぎている

昔話とか懐古厨によるあの頃の美化的な話でしかないのだけれども、最近漠然とネットから一つのアニメで盛り上がるという感覚がなくなったよなとも思う。

最近ちょっと「けものフレンズ」がちょっとブレイクしただけで、けいおん!、ハルヒ、らき☆すた、その前のネギまのハピマテとかあの規模に及ばないという思い出補正が自分にはある。

けもフレ前の萌えアニメや深夜アニメのオワコン感や停滞感は半端ではなかったし、ラブライブや艦これですらオワコンと言われ始めていた暗黒期があった。


「おまえら最後に情熱もって見たアニメ何?」という質問があったら多分まどマギが最後なんじゃないかという自分がいる。


「昔見てたな~」という今飽きたアピールが、今見てる人からすりゃ一番ウザイのはわかるし自分も現役ではまってるコンテンツに対してそれ言われるとイラッと来るのはわかる。


わざわざ今興味ないアピールせず、見てないならもう関わるなよというのもわかるけどもそんな「今見てない人向け」に書きたいことでもある。今見てる人の邪魔をしたいから過去を美化するつもりはなく、ただ同じように懐かしんでる人に向けて「あの頃よかったよなぁ」と昔話をしたいだけなのだ。


例えば今自分が好きなサッカーについて「メッシ、クリロナとかしょぼいわ。80年代の華麗なサッカーや元祖ロナウドやバッジョ、プラティニのほうがすごかったんだよなぁ」という人がいたら「それは思い出補正なだけで間違いなくメッシとクリロナ時代の方がすごい」と言うだろう。

しかし同時に自分は最近のアニメやネット文化つまらないと言っている潔いほどのダブルスタンダードである。もはや自分は「ダブスタ芸」を極めようとさえしている。


結局こういう懐古論は自分に情熱があった頃だから面白く感じるし、自分がつまらなくなったり飽きたりしたからつまらなく感じるだけという主観でしかない。

しかしそれをわかっている上で主観でしかないのだが、同じようなことを思っている人向けに書きたいのだ。

皆そうなっていくし、それが自然なことでもある。

ポケモン新作発表のたびに「最近のポケモンはポケモンじゃねぇわ~」とどこからともなく沸いてくる初代厨と金銀厨嫌いだったけど、見事なまでにそんななりたくなかった過去作美化厨に自分がなってしまったもんねと思う。


昔の自分:新作容認できない初代厨は時代遅れなだけ

今の自分:サンムーンからポケモンついていけなくなったわ


昔の自分:宇宙戦艦ヤマトや初代ガンダム持ち出す人わかんねぇわ~エヴァわかんねぇわ~

今の自分:何がけものフレンズじゃ!ハルヒやコードギアスの頃はもっとすごかった!


今の自分:マラドーナより今のメッシの方がすごい。メッシが史上最高!

未来の自分:メッシが唯一無二だと思うわ、最近のサッカーつまらない。メッシが今の時代にいたら無双するわ(予定)


人はなぜ懐古厨になるのか、時代は繰り返されるのだろうというメカニズムを解明していきたい。

というよりも、ただの現状のアニメに対するぼやきな雑談なので、ここからはそういう昔話を交えつつ興味ある方だけに向けて話したいと思います。



「昔のネットのアングラ感はよかった」ということがもはや口癖になり、今のユーチューバーなど見てもいない自分はただひたすら過去を美化ばかりしている。ポケモンも「ぽけりん」より「ポケ熱」があった頃なんだよなぁ、と。

実際にはユーチューバーの動画に笑うことも、フラッシュ動画で爆笑することも本質は変わらないのだが最近のネット文化に対する違和感を抱くようになっていくのだ。


アニメについて思うのがインターネットを意識し過ぎるようになったことで、逆にネットから見限られたというということだ。

ハルヒやらきすたの頃って2chで「VIPPERなら長門は俺の嫁」みたいな空気もあったし、らき☆すたのキャラソンまで1位にしようぜという空気があった。

でも今VIPとかで「アニソン1位にしてMステ凍りつかせようぜ」とか言ってたらイマドキそういうの寒いと言われて相手にもされないだろう。

ネット民がアニメに冷めたし、けもフレがMステに出てきたときなんてもはや自分自身ジャニーズ目的見てたというぐらいにアニメ離れが進んでいた。

これでも昔の自分はハルヒダンスマンセーしていたし、今も自分が好きだったころのアニソンは定期的に聞いてはいるがそこまで熱心のアニメを普及させようという情熱はなくなった。そのクールのアニメをとりあえずチェックするという習慣もなくなった。


思い出補正や勘違いなのかもしれないが、けいおん!ぐらいまでの頃はネット文化=オタク文化ぐらいのノリがあった気がするけど今は一部の人が盛り上がってる感マックスなんだよなぁ、と。

最近テレビで人気アニメランキングがあって、それを腐女子がタイガーアンドバニィ1位にしてあれ超寒いわと思ったもんね、そういうノリ古いわぁというか。

テレビ叩きのノリも未だにそういうのやってんのかよ、というのもある。テレビに権威があった時代だから逆らってる感があって面白かったけども、これだけテレビが弱体化した時代に未だにあのころのノリでテレビ叩きして「やらせ!やらせ!と叫んでる奴いたら時代遅れ感がある。


そんなネットのノリが普通になっていく時代にネット全体で流行るようなアニメはなくなったなとも思う。オタクじゃない人が増えてネット=オタク文化という構図が崩壊して消滅したともいえる。


逆に言えば昔の狭いネットだからオタク文化がネット上で覇権を獲りやすくて一体感(笑)みたいなものがあったけども、これだけネットが普及して大きくなり過ぎるとネット全体の共通項というのは中々成立しにくい時代になった。


もしかしたらそれがユーチューバーとかアメバTV、インフルエンサーとかそういうのなのかもしれないけど、ネットの最先端に行こうとしてた時代の自分の気力はなくなったと思う。懐かしのフラッシュ動画みて、あのころのネット美化してるだけの人になったのが自分なのだ。

ニコニコ動画も初期のネットの新しい最先端のものだったから面白かっただけで、プロの人とか政治とかそういうビジネスが入り始めてアイドル化していったりするなんか違うよなぁと。ユーチューバーも完全にアイドル感覚だしそこに対する違和感がある。


アニメも「○○は俺の嫁!」も完全に死語だよなぁ、二次元のキャラに萌えるという時代から中の声優が重視されるようになって声優ビジネスとネットの流行が全てになって劣化したように思う。

声優という名の実質アイドルがただ活躍するための土台になって、ネットのコミュニケーションツールになって劣化したように思う。その声優すら特に女性声優は消耗品のように消費されて2,3年後には誰も覚えてない。

皆アニメ主人公的な音声しか出せないし養成所ではそういうことしかならわないらしい。量産型女性声優が現れては消えていく。まるでガンダムSEEDのコズミックイラの世界観で次々とモビルスーツが現れては消えていくようなイメージだ。(アストレイの冒頭でTMR西川さんがするナレーション的なイメージ)


今の時代は声優がとにかく前に出てき過ぎるようになったし、アニメも声優のプロデュースという側面が強い。もしくは人気声優を起用し固定ファンに声優目的で見てもらうというビジネスモデルだ。

声優雑誌も充実してSNSとかやりはじめてメジャーになりすぎたことで過去の「実は声優応援してるんだよね」という隠れオタク感が無くなった。

昔声優応援するのってもっとヤバイ奴感あったけども今はもう普通のアイドル感覚並みの市民権得てしまって「逆にプレミア感なくなったよなぁ」という思い出補正のようなものがある。

(ちなみに自分が好きな声優は沢城みゆきと福圓美里であり、決して声優自体が嫌いなわけではない。)


昔のオタクはひねくれもので逆張り気質だったけど、今は普通になったよねという漠然とした寂寥感というか。

逆に一周まわってメジャーなものを応援する楽しさに目覚めたというか、「流行叩き」してたのに今は「流行叩きとかテレビ叩きとか逆に今日日古いよなぁ」とさらに逆張りするのが自分という何かに逆らっていたいだけのひねくれものでもある。


アニメや声優が好きで、そしてネット見てるというライフスタイルが普及して普通になりすぎて、逆にオタク文化に興味が無くなったという人も多いのではないだろうか。

「ネットやオタク文化を普及すれば絶対面白い世の中になり、世界がいい方向に変わる!」とハルヒブームぐらいの時には思っていたが、これぐらい普及するとなんか違うよなぁと。

ヒカキンとかが芸能人より有名で小学生がyoutuber目指す時代になって、思い描いていた未来と違うなということを同じような懐古厨仲間と話すことが自分の唯一の楽しみ緒になってきている。


そんな「最近のアニメつまらない」と思う人向けに書いていて今も好きな人のことを邪魔したいわけではないのだが、ネットで有名な歌手もどきみたいなそういうインフルエンサーみたいなもの使い始めて完全にどうでもよくなったなぁ、と思うのだ。


そういうのも含めてアニメ制作側がネットの反応を意識しすぎるようになったし何かアニメ系のまとめサイトで受けることを狙ってないかというのが多い。ネットネタを出したり、ネットのノリを持ち込んだりしてたころから次はついにネットの有名人を使うようになった。

内輪のノリ感が強くなり過ぎて本当にいいものを作ろうとしなくなったことで見放した人が多いと感じる。作品そのもののクオリティで勝負しなくなり誰が出ているか、親近感ある自分が好きな人が出ているから見るという時代になった。

声優ありき、ネットありきでアニメが作られるようになってしまったとことがすべての元凶のようにも思う。(あくまで自分の感想であり曖昧な主観であるが)


そこまでネット文化や声優文化が存在感持ちすぎると、逆に興味がなくなるというのは「応援していた地下バンドがメジャーデビューして興味なくなった」みたいな話なのだろうか。

ジャニタレが出るドラマや実写化を叩いておきながら、自分たちのアニメ文化やネット文化、ゲーム文化は同じことをしているという最近のオタクのダブスタ感はどうも違和感がある。

とりあえず芸能人叩くというノリも古いし、「アニメに芸能人かかわってくるな!ちゃんとCVはプロの声優さん使え!」みたいなノリも未だにそれやってんのかよと思う自分は捻くれものなのだろうか。

昔の自分もそう思ってたけど、今時その感覚続けてるのも古いよなぁと。テレビや芸能人の存在がデカかった時代だから逆らうのが面白かったけど弱体化すると叩く意味が感じられない。

この心理は反米活動家が、いざアメリカが弱体化して小国になったら叩く気がなくなるのと一緒だろう。戦前は反英活動家が世界中にいたけどもイギリスがこれだけしょぼくなると逆に反英活動なんて誰もやらなくなったみたいなノリでもある。


昔のアングラな黒人文化を知る黒人が「やっぱ黒人は差別されてナンボだよなぁ、そのころの黒人文化のほうが黒人感あるんだよなぁ」と懐かしんでいるのと同じで、オタクという少数民族がマスメディアや一般人という名の体制に逆らっているから面白かったのだろう。

それこそまさにMステをジャックしようという話だった。

それが今やオタクに市民権与えられすぎて、日本人総ネットユーザー化が進むとなんかギーク感、地下感ねぇよなぁみたいな変な感覚を共有できる人は日本にどれだけいるのだろうか。


自分のアニメ離れが進んだのはスマホが普及してまとめサイトが乱造されてネット見るのがメジャーになりきったことからだと記憶している。

アニメ熱が無くなった境目はまどマギを見たのが最後で、ローゼンメイデンとストライクウィッチーズは結局3期は見てなくてどちらとも2期が最後になる。ハルヒは伝説のエンドレスエイトが最後で、ポケモンはXYの途中まで見てたけど最終話は評判の割に見てない。ポケモンサイトもぽけりんとかすら見なくなったしサンムーンのアニメは1話たりとも見てない。
ガンダムはAGE以降見てなくてBFだけは見てBFTで見限った、鉄血もガノタ仲間の付き合いで数話だけみて、そのガノタ仲間ですら後半は対に見限った。


ポケモン対戦もORASで「ルビサファのあのころには戻れない」と悟って、サンムーンはクリアすらしていないしウルトラSMは買う気にすらならないし話題さえも調べていない。三値がこれほどメジャーに知られてない頃にガチ育成するから面白かったが、これだけその概念が普及してマー君やこじるりが努力値の話するようになってメジャーになりすぎたことに寂寥感を抱くようになった。

ポケモン対戦=ガチるのが当たり前、になりすぎて逆にみんなオンライン対戦離れしてガチ勢しか生き残れなくなった。この現象はFPSや格ゲーでも進んで、どこもガチ勢についていけなくなった人が離脱し過疎化が進んでいる。

ただこれも懐古補正で結局は「あの頃の自分や周りが楽しかっただけ」で、自分自身がつまらなく劣化しただけなだけでもある。

悪いのはコンテンツやネット文化ではなく、劣化して時代についていけなくなった自分なのだろう。

「アニメやネットがつまらなくなったのではなく、自分がつまらなくなっただけ」という反論はまさにその通りだろう。むしろ今のネットの方が大多数にはウケている。

大多数にウケる最適解が確立されたがゆえに最適解を好まない人ははぐれ者になるというのが今のネットなのだろう。結局少数派やっときたいだけ、それが自分であり昔ながらのオタクなのだろう。


面白いとおもたら銭投げてけや