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善き羊飼いの教会 #3-7 水曜日

〈北杏仁総合病院〉


     * * *

「甥の聴取を任せてしまって、すまなかったな」
 北杏仁総合病院で合流したスルガへ向け、金子は会うなり項垂れるように頭を下げた。
「やめてくださいよ。ヘビーな内容の聴取は椎葉さんにお任せして、ぼくは横で聞いていただけですし、白嶺巡査が研究所に到着してからは、同席すらしていなかったんですから。ところでどうなんです? 被疑者に関する情報は集まってきているんですか」
「藤崎里香の写真を見てもらった受付の女性から、『柊さんの名を騙った女性に間違いない』との証言を得た」
「やっぱりそうでしたか。となると、柊にかかっていた嫌疑は、すべて晴れたってことですよね。ひょっとして、すでに柊は解放ずみです?」
「まだだ。実は、新たな問題が浮上してきたらしくてな」
「問題? 新たな問題って、藤崎里香の名前が挙がってきているのに?」
「そうではなく、別件の捜査で……いや、やめておこう。詳しい内容までは聞いてなくてね。詳細がわかり次第きちんと説明するから待っていてくれ」
「……わかりました」
「それよりも、いまは藤崎里香だ」
 金子は眉根を寄せる。
 スルガもまた金子を真似るように顔をしかめた。
「消息はつかめたのですか」
「自宅と勤務先のバーを見張っているが、発見の報告は入ってきていない。知人の家に身を隠している可能性がなくもないが、一緒に働いていた者は、みな、口を揃えて『見当もつかない』とのことだったよ。藤崎里香は一年ほど前にこの街に越してきたばかりで、知りあいは少ないようだ。頼るとすれば、一番に名前が挙がるのは筒鳥大の東条だが――本当に謎の失踪を遂げているみたいだな」
「当然、彼の家も張っているのですよね?」
「もちろん。東条がよく通っていた場所もあたってはいるが、どの場所でも同じ回答を聞かされているらしい」
「同じ回答?」
「藤崎里香と思しき女性が訪ねてきて、東条について質問していった、と」
「……被疑者は被疑者で、東条の行方を必死に探し回っていたわけですね」スルガは唇を歪めて、胃のあたりを強く押さえた。
「東条の行方に関して、わかったことはないのか?」
「廃屋を詳しく調べてから判断しようと思っていたものですから……残念ながら」
「ヒントになるようなものでもいいんだ」
「仮説でよければ、たててはいますよ。東条ら三人は忍びこんだ廃屋内で何者かに襲われて、連れ去られた可能性があります。突拍子もない話に聞こえるでしょうが、いなくなった東条と、柿本という二人は、周囲から相当煙たがられていたようでして。とくに柿本のほうは、複数から強く恨まれていたんです」
「恨みをもった人物の名前は判明しているのか?」
「あとでリストをお渡しします」
「襲撃の証拠のほうは?」
「証拠は……早朝に調べに行こうと思っていたんですけどね」わずかに首を傾げて、スルガはうなじを掻いた。「これから廃屋へ行って、一緒に調べてみますか?」
「いや。藤崎里香を見つけだすのが先だ」
「でしょうね。とすると、ぼくを事件現場の病院へ呼びだしたのは、藤崎里香が残した遺留物をもらさず見つけだして、居場所を突きとめろ、と。そういうことですか」
「まさか。いくらなんでも居場所に繋がるような遺留物は残されて……いや、調べてくれると助かるよ。それで判明するのなら願ったりだ」
「保証はできませんけどね。すでに鑑識がくまなく調べているでしょうし、その後の人の出入りで現場はかなり汚染されているでしょうから」
「一分一秒を争う事態なんだ。それでもやってくれるよな」
「断る理由はありません」スルガは肩にかけていた鞄を下ろして、中から手袋を取りだした。「もちろん。最善を尽くします。尽くしますけれども……」
「けれども、なんだ?」
「見落としはありませんか? 東条がよく通っていた場所で、見落としているところは。被疑者は東条を見つけだすことを最優先としているに違いないので、どこかに重要な意味をもった場所が……ん?」
「どうした?」
「……いえ。なにか……なにか、いま、大事なことが頭をよぎったというか、閃きかけていたのに、つかみそこなったというか……あれ。なんだろう。東条が……よく通っていた場所……」
「心当たりでもあるのか」
「まさか。知るわけありませんし……あれ、でも、たしかに、たしかにいま、よぎったんです。覚えのあるどこかが……どこかの場所が」

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