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世界の終わり #2-13 ギフト

 小野が手を伸ばし、テーブルのうえに置かれた白い柄のナイフを手に取った。
「掛橋さん――」小野は固い表情でナイフを差しだす。
 掛橋はナイフを受け取ると、再度山岡へ向き直り、問いかけた。
「きみが、刺したんですか?」
 ――西条を。
 埃の舞う雑然とした西会議室の中へ静寂がおりてくる。
 掛橋がナイフを掲げ、
 小野が唇を噛み締め、
 山岡は、
 破顔した。
 声にだして笑い、
 身体を震わせて、前屈みの姿勢で数度咳きこむと、おもむろに顔をあげて掛橋を睨みつけた。
「同じだァ? おれとあんたが同じだって? はは。どの口がいってんだよ、そんな寝言をよォ」
「……山岡くん」
「終わりだ。終わりだよ、終わり。終わり。話しあい、終了」
「だから――」
「あんたと話して、なんになるんだ」
「そういうことじゃない。解決策を探るのは大事だが、もっと大事なことがあるとわたしは考えている。それは感情や思いを胸の内に閉じこめてしまわないことだ。なぁ……山岡くん。話をしよう。ただ、話せばいい。話してくれればそれでいい。どうしてナイフを所持していたのか、理由を聞かせてくれないか」
「だからなんで、あんたに話さなくちゃならねぇんだよ」
「わたしたちは同じ〈TABLE〉のメンバーじゃないか。敵じゃない。ともに力をあわせて――」
「あぁああァあァ、うるせぇ! ホント、うるせェな、マジで。さっきからなんだ、その、気持ちわりィ説得。おれになんていって欲しいんだよ。同意して欲しいの? それとも単に同情して欲しいって話か?」
「そうじゃない。そうじゃないだろ」
「疑ってんだろうが、おれがナイフで刺したんじゃないのかって。あぁ、そうだよッ。おれが刺したんだよ! グールに会わせろってあの馬鹿がうるせぇから、中入れて小獣舎まで案内して、そこで刺したんだ。あ? ははは。なァに驚いた顔してんだよ、ふざけてんのか? 知ってんだろ、知っていたんだろうが、あんたら、すべてを。それであんな真似したんじゃねぇのかよ!」
「山岡ッ、貴様!」小野が椅子を蹴り倒して山岡の前に立ち、胸ぐらをつかんで壁へ押しつける。「なんてことをしてくれたんだッ! 殺しだぞ、人殺しだッ! それもフロンティアのやつを刺しやがって!」
「うるせぇ、知るかッ。知るかよちくしょうッ! あの野郎がムカつくことをいいやがるからッ、おれは、おれはなぁッ!」
「やめろ、やめるんだ!」両者の腕をつかんで引き離し、掛橋は声を荒げた。「話だ、話を聞くんだ、離れて。いいから離れて、小野くんッ、やめろ、やめないか」
 歯をむきだし、怒りを露にしている小野を部屋の隅まで追いやると、掛橋は床に転がった椅子を起こして、山岡の服についた埃を払ってやるべく右手を差しだした。
「触るな」
「座れ。座ってくれ。いいから、もう一度、座ってくれ。話はわかった。大体のところはわかったよ。きみが西条を刺した。西条を敷地内に招き入れて、小獣舎で刺した。そういうことだな。どうして中に入れたんだ? 西条をどうして入れた?」
「…………」素直に椅子へ腰掛けるが、山岡は口を開かずに黙りこみ、あらぬ方向へ視線を向けた。
「なによりも〈TABLE〉を誇りに思っているきみが、〈九州復興フロンティア〉の者を率先して招き入れるはずはない。もしかして、西条に挑発されるようなことをいわれて、入れてしまったんじゃないのか?」
 僅かな反応ではあったが、掛橋の言葉を受け、山岡は頬を引き攣らせた。
「図星か。図星のようだな」
「黙っていられねぇだろ!」大声でいい放ち、「羽鳥さんのことを悪くいわれたら、黙ってなんかいられねぇだろ……」いまにも消え入りそうな声で、山岡は弱々しくつけ足した。
「あぁ……わかるよ。郡部代表をはじめ、あそこの連中はみんな、〈TABLE〉の活動を動物園の見せものなんて揶揄しているからね。わたしも、何度もいわれた。檻の中を見せろ、グールを見せろ、お前たちがどのように扱っているのか、この目で確認させろと」
「あいつらの挑発にのったのか?」山岡へと向けて、小野が問う。
 掛橋はかぶりを振り、口を挟まぬようにと、小野を制した。
「小獣舎まで連れて行ったが、西条はきみの望むような言葉を返してくれなかった。そこで口論となり、カッとなったきみは隠しもっていたナイフで刺してしまった……グールの檻を実際に見てもらい、わかってもらうつもりが、西条は理解してくれるどころか逆に持論を展開させた。そうだろう? そうだろうよ。檻に入ったグールを目にしたら、誰だって〈TABLE〉は見せもの同然に扱っているじゃないかって口にするだろう。だがそれは行動に移すまでもなく、容易に想像できたことじゃないか?」
「――馬鹿にしてんのか」
「いや」咳払いをして、掛橋はゆるりと首を振った。「羽鳥さんへの思いから、きみは行動に移したんだよな? 活動内容や施設のありかたの多くは羽鳥さんが提案したものだ。そのすべてがきみにとって絶対的な正義であったことは想像するに容易い。連中も、目にすれば理解してくれるはずだ、話を聞けばわかってくれるはずだと思ったんだろう? だけどね、違うんだよ。わたしたちは、羽鳥さんの考えを知り、その信念に触れているからこそ、施設の素晴らしさを理解できているんだ。猜疑心に満ちた者の目には、施設内のあらゆるものは歪んで見えてしまう。わたしたちは羽鳥さんというフィルターを通しているからこそ、〈TABLE〉の活動に誇りをもてているんだよ」
「なにを――」山岡は、「なにを偉そうなことを」立ちあがり、拳を握りしめたところで、小野に押さえつけられる。
「偉そうに話してなどいない。わたしは事実を、真実をきみに伝えているだけだ」
「うるせぇ、馬鹿にしてるだろ。あんたはいつもそうやって他人を馬鹿にしてんだッ」
「そうじゃない。そうではない。わたしは――」
「贖罪だなんだと自分の悦に浸りやがって。気持ちわりぃんだよ。あんたのいうことなすこと、すべてが気持ちわりぃんだよッ」
「山岡、山岡くん――」
「だいたい、なんだよ、これ。なんの尋問だよ。あんたら全部知ってんだろうが。知ってるクセして、どういうつもりだ!」
知ってる?
「ちくしょうッ。あぁ、そうさ。あんたがいったとおり、〈TABLE〉の活動に理解を示さないどころか、羽鳥さんのことを馬鹿にしたから殴って、刺して、檻の中に押しこんでやったんだよ。はは、ははは――あんた、あんたのお気に入りのルルカちゃんが入っている檻だよ、掛橋さん。ルルカちゃんのいる檻の中に、おれは、西条を押しこんだんだ!」

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