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世界の終わり #3-10 ハンター


          *

 二日経過。
 店舗内に閉じこめた不法入国者どもは、はじめのうちは大声をあげて暴れとったが、感染の初期症状がでてきたのか、蹲り、顔を顰めているヤツが多くなった。それでも時々唾を飛ばして文句をいってくるヤツはおる。まぁ外国語なんでなにをいっとるのかわからんのやけど。
 店舗の出入り口は一カ所のみ。裏口は完全に封鎖しとるし、ガラス張りの建物正面部分はシャッターをおろしとるんで脱出は不可能。一部、シャッターを半分だけおろして中の様子が窺えるようにしとるけど、ガラスを割ってでられへんように蜘蛛の巣状の有刺鉄線&出鱈目に積みあげた鉄条網で外側から覆っとる。唯一の出入り口である正面の扉の前は、おれとウディが常に見張っとるから隙はあらへん。スタンガンをもって、おれらはひたすら扉を睨みつけるけど、グール化した相手とは戦うよりも逃げたほうが賢い選択やから、スタンガンは単なる威嚇の道具や。
「な、ウディ。お前、あんまり寝てへんやろ。しばらく横になって休んどけや」と、目を擦っとるウディに声をかけたが、大丈夫ですと笑顔で返された。先は長いんやから休めるうちに休んどけいうたけど、やっぱり大丈夫ですって返答。大丈夫なんはわかったけど、その愛想笑いはなんやねん。「まぁ、ええわ。休みたくなったら、いつでもいいや」
「はい」
「あと、腹減ったら、その辺の缶詰、適当に食っていいし」
「はい」
「にしても、お前、ずっと連中見てなくてもええんやで。めっちゃ扉、睨んどるけど、おれらの役目は見ることやのうて、暴れるヤツとか逃げだすヤツがおらんか、監視することやからな」
「はい」
「はいはいはい、て。お前、はいしかいえんのか」
「いいえ」って答えてまた笑顔。っていうか苦笑。どこか思い悩んでいるような表情でもある。まぁ――おそらく、やけど、ウディは参っとるのやろ。ツアー参加ははじめてやから考えてまう部分は沢山あるはず。おれもはじめはそうやった。なにをどうして、どう考えればええんか、こんなことやっとってほんまにええんか戸惑ったりもした。とか考えとったら――
「ファン、さんのいっている意味、監視すること。なにをするか。すればいいのか。ずっと見ていなくてもいいこと、わかっています。ですが――」
「…………」
「…………」
「ですが、なんや」
 そこまでいって口籠るなや。
「見ること、とても大事なことと、思います」とウディ。
「大事?」
「感染したあの人たちを見ること。目をそらさないこと、大事なことと思います」
「――あぁ」目をそらさない、か。
 言葉足らずではあるが、ウディがいわんとしとることは、わかった気がした。不法入国者どもをグールにしたのはおれらや。責任があるいうか、見届けなあかんいうか、おれらは連中から目をそらしたらあかんいう主張は尤もやと思う。しかしまぁ、責任とか贖罪とかいうとったらきりがないし。仕事は仕事て割りきらんと。
「いいたいことはわからんでもないけど、おれらはまず与えられた仕事をしっかりせな。休むときは休んで体力温存しとかんと、なにかあったときに困るのはお前やし、おれでもあるんやぞ」なんて説教じみたこと口にしつつ――もしや、ウディは責任云々以前に、不法入国者どもに対して同情の念を抱いとるんやなかろうか。不法入国者も、ウディも、同じアジア諸国からやってきた外国人なわけやし、扉のこちら側とあちら側というかたちで明確な違いが生まれてはおるけど、ウディかて、こんな仕事に就かされとる身なんや、連中と同じく非正規ルートで入国した輩であるんは間違いないやろ。
「なぁ、ウディ。お前、どこからきたん?」
「どこから? ですか?」
「日本にくる前、どこの国におったのか訊いとんねん」
「日本の前、アメリカです」
「アメリカ?」なんや。インドかと思うとった。「アメリカでなにをしとったんや」
「なにもできず、困っていました」
「あぁ――」なにもできず、ね。だよな。そりゃそうだ。せやから、アメリカをでて日本にきたんやろうし。しかし、「日本にくるより、アメリカにおったほうがよかったんやないんか? こんな仕事をするために、わざわざ海を渡ったんやないんやろ。どうして日本にこよう思うたん?」
「日本人に、なる、ためです」
「日本人?」
「国籍です。日本国籍、もらうためです。しっかり働けば日本国籍を与える、と、イーダ氏は約束してくれました」
 与える、て。イーダさんが国籍発行するわけやあるまいし。やけど、あの人やったら日本国籍の取得も簡単にやってのけるような気がしてまう。おれらには想像もできんような富と権力をもっとるのはたしかなんやから。
「な、どうしても日本でなければあかんかったんか。日本国籍にこだわらんでもな、アメリカでも国籍取得する方法あるんとちゃうんか」
「ありました。あるはずでした。でも、兄はもらえなかった。兄は騙されました」
「兄?」兄貴がおったんか。にしても、騙されたて。「なにがあったんや」
「外国人部隊、知っていますか」
「なんやいきなり。部隊て。まぁ知っとる、いうか、兵士を他所の国の者に頼むアレやろ。アメリカって、常にどっかと揉めとるからな。兵の数が足らんから外国人募集しとるいう話は聞いたことあるわ。で、それがお前の兄貴とどう関係しとるん?」
「兄は募集を聞き、入隊しました。移民も、難民も、受け入れる募集でしたから、すぐ入隊しました。外国人部隊に入れば――」
「――入れば?」
「アメリカ市民になれる、約束でした」
「あ、あぁあ。そう……なんや」
 なんや、胃にくる辛い展開を聞かされそうな気がしたんで、口籠る。っていうか、自粛した。その間もウディは話を続けた。ウディの喋りが片言なんで、わかり辛い部分はあったけど、大体の部分は理解できたように思う。
 ウディの兄貴は戦死したらしい。死体は帰国することなく、アメリカ軍の犠牲者数にも数えられんかったそうや。なんやそれ。そんなふざけた話あるか。たしかにおれかてそんな扱い受けたらアメリカって国を忌み嫌うかもしれん。
「愛想を尽かして、アメリカをでてきたんか。日本にくればなんとかなると、そう思って海を渡ったんか」
「なんとかなる、ではありません。なんとしてでも、国籍を得る、です」
「なんとしてでも――」国籍、か。
 わからんことはない。や、話は理解できたし、気持ちもわからんでもないように思えたけど、正直、首を傾げてしまう。それほどまで大事なことなんやろか。どこかの国に属しているってことが、人生かけるほど大事なことであるんやろか。
「ファン、さんは、ここ。九州で生まれた、ですよね?」
「あ……いや」なんや、急に。「おれは九州やのうて」ソウルらしい。らしいいうんは、全然覚えとらんからや。その後も日本国内を転々としたんで、お国言葉なんてもんもグチャグチャになってしもうとる。そのことを話すと、ウディは形容し難い妙な顔をした。ひとこと文句をいうてやりたかったが、いうたらなんやおれがアホみたいに思えたんでやめた。
「まぁ、ええわ。や、ええことはないけど、お前、休憩せんでえぇのなら、おれちょっと休ませてもらうで」
 なんや。なんやろ。一緒におるのが耐えられんくなってきて腰の辺りがゾワゾワしとる。
「タバコ、あります」
「いらん。もっとる」
 立ちあがって溜め息ついて、去り際に店舗の中を覗き見た。ガリガリに痩せたおれと同じ歳くらいの男が、山積みになった缶詰の前に座って嬉しそうな笑みをこぼしとった。こいつはなにを求めて日本にきたんやろか。自由か、権利か、国籍か、それとも単に美味いもん腹一杯食いたくて、船に乗ってやってきたんやろうか。それなら願いは叶ったことになる。せやけど、それが人生をかけるほどのことなのかどうかおれにはわからん。理解でけへん。できるんやろうけど、考えるのはほんましんどい。いやぁあなもんが胃の中で暴れ回っとる。なんやろう、これ。ほんま嫌な感じや。

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