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9/30 雑感 スパイラルレコードと山上くんのこと

なんか、とある文章を読んで、いろいろ考えていた。フリージャズ・リスナーだった自分がロバート・グラスパーに向かったこととか、評論家/ライナーとしての自分とリスナー、メディア、レコードショップ、ジャズシーン、音楽家、DJ、さらに言えば社会とのかかわりに関する自分の中での(時間をかけてゆるやかに起きた)大きな変化とか、そういうことも含めて考えていた。

自分にとっては2010年から本格的に文章を書く仕事が始まって、震災があって、長く働いた職場を辞めて、2014年に本を出した。この5年で自分が大きく変わった部分があるのは自覚している。というよりは、その間に出会った人たちによって変わってしまったという感じなのかもしれないけど。

僕が最近、すごく共感したというか、うれしかったのが、スパイラルレコードと、そこのディレクターでもある山上くんの仕事だ。

彼が中島ノブユキ、伊藤ゴローという現在の日本を代表するコンポーザーとの仕事を経て辿り着いた丈青「I See You While Playing The Piano林正樹「Pendulum」という二つの作品のこと。

その実力を誰もが知っている名ピアニストとともに山上くんが作り上げたのは、一見《コンポーズ》の色合いが濃いサウンドで、奏でられるのは極端にシンプルとも受け取られかねない旋律ばかり。しかし、この2作とも、聴けば聴くほどに、ピアニストとしての圧倒的な個としての力が滲み出るどころか溢れ出てくる作品だった。ピアニストにとって、ピアノそのものを鳴らす、ピアノを自分の音で鳴らすって(ピアニストにとってもっともシンプルで最も重要な)ことの強さを思い知らされた作品でもあった。

おそらく5年前の自分ではその魅力や作品に込めた狙いを捉えられなかった作品だと思う。と同時に、この2つの作品は今、このタイミングで生み出されるべき作品だったとも思う。個性とは何なのか、技術とか、即興とは、コンポーズとは、自由とは、制約とは、そんなことへの無限にある答えのうちの優れた2つとして、僕は受け取ったのかもしれない。

文末に某音楽誌用に書いたけど、字数を勘違いしていたためボツになったレビューを載せておきます。

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林正樹「Pendulum」
どんなサウンドでもいとも簡単に演奏し、何をやっても自身の個性を奏でることができる林正樹がその表現を絞り込み、シンプル過ぎるほどに穏やかにメロディーを奏でる。ダイナミズムを抑えただけでなく、音の隙間にも緊張感を込めず寛いだ雰囲気さえ感じさせているのも彼の作品の中では意外な演奏と言えるかもしれない。そのテクニックを出すタイミングがないほどに抑制のきいた演奏だが、逆にこの演奏からでも滴り落ちてしまうほどの圧倒的なピアニズムこそが林正樹というピアニストだとも思う。シンプルだからこそ、そのピアノが持っているポテンシャルを鳴らすことができる彼のその気高く澄んだ音色が最大限に際立ち、藤本一馬や徳澤青弦、アントニオ・ロウレイロらはまるでその演奏に吸い寄せられているように音を奏で、Fumitake Tamuraのエレクトロニクスはそのピアノの響きを慈しむように残響と溶けあう。そんなゲストの演奏が輝けば輝くほどに、林の美しいピアノがいっそう浮き上がってくる。僕はずっとこんな林正樹が聴きたかったのだ。

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参照

・spiral records 丈青インタビュー(担当:柳樂光隆)

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