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Interview - 挾間美帆が語るセロニアス・モンクと『THE MONK : LIVE AT BIMHUIS』

2017年はセロニアス・モンクの生誕100年の年だった。挾間美帆はその記念すべき年にオランダが誇る世界屈指のオーケストラ メトロポール・オーケストラとともにモンクをトリビュートするライブを行った。その模様は『ザ・モンク:ライヴ・アット・ビムハウス』に収録されている。ビッグバンドによるセロニアス・モンク作品集としては、新たな傑作が生まれたと思う。

このプロジェクトの話を知ってから、タイミングが合ったら挾間美帆にモンクの話を聞きたいなとずっと思っていた。たまたま僕も『100年のジャズを聴く』という本でモンクについて語ったり、コンピレーション『ALL GOD'S CHILDREN GOT PIANO』でモンクをテーマにブルーノート音源から選曲したり、LAのギタリスト/ビートメイカーのMASTによるセロニアス・モンク作品集『Thelonious Sphere Monk』のライナーノーツを書いたタイミングだったのもある。

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なので、この記事は、新作のプロモーションではなく、《挾間美帆、セロニアス・モンクを語る》みたいなていで話が進んでいて、非常に興味深い内容になっている。(取材・編集:柳樂光隆/本間翔悟)

※記事に合わせて、現代ジャズからモンクの魅力を発見するためのプレイリストも作ったので、聴きながら読んでもらえたら嬉しい。
《Love THELONIOUS MONK by Jazz The New Chapter》
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挾間美帆『THE MONK:LIve At BIMHUIS』

ーーこの企画って、挾間さんが自分からメトロポール・オケに売り込んだんですよね?

挾間 そうです。メトロポールと仕事がしたくて、機会があるごとにずっとアプローチはし続けていて。2017年は(ジャズ録音100年なので)ジャズ的には大きな年になる要素がいっぱいありましたが、モンクがテーマだとしたらアイコニックでもあるし特徴もあるし、作曲家としてアプローチできる面白さもあると思って、一番面白いと思って提案していたんです。それで最初はメールばかりしてたんですよ。「モンクやらない?」って。でも全然らちが明かないから行って直訴するっていう。

ーーヨーロッパに行った時ですか?

挾間 そう。それが2016年の9月の話です。メトロポールに行った時、「アイディアは良いと思うけど、どうやったら説得力のある、オリジナリティのあるトリビュートができるのかっていうのをもうちょっと考えてほしい」ってメトロポールのプロデューサーに言われたんです。モンク・トリビュートっていうとジェイソン・モランがケネディ・センターでやったトリビュートの印象がすごく強いですよね。ああいう映像とか本物のモンクの声とかリハーサルの様子などのリソースが全くない中で、メトロポールはオランダ人だし私は日本人だし、アメリカ人は誰もいないし誰の子息でもないし、何も縁がない人間たちがトリビュートをやることになるし、何の資料を持っているわけでもないし。どうしようかと考えました。

ーーなるほど。

挾間 「モンクのソロピアノ演奏をビッグバンドに昇華させたらモンクのピアノ演奏にも作品にも沿うことになるから、そういうのをプログラムに入れたら?自分の好きなアレンジャーとか自分の好きなアレンジとかと対比もできていいんじゃないかな」という意見が出て、「うーん、なるほど」と。おうちに帰ってモンクのソロアルバムとか映像を全部チェックして新たにプログラムを立て直して彼らに提案したら、企画が通ったんです。

(※挾間が特に好きなモンクのソロピアノは『Thelonious alone in San Francisco』とのこと)

ーーそれはピアノにフォーカスするっていうことをもとに考え直したっていうことですか?

挾間 そうです。モンクのソロピアノ演奏をオーケストレーションするという曲と、自分のアレンジの曲と、ビル・ホールマンのアレンジの曲とオリヴァー・ネルソンのアレンジの曲、という4種類を用意して混ぜるっていうことにしたんです。

ーーなるほど、ビル・ホールマンはモンク曲集を出してますもんね。

挾間 ありますね。『ザ・モンク:ライヴ・アット・ビムハウス』には収録してないですけど、コンサートではアルバムに入ってる7曲に加えて、ビル・ホールマンのアレンジを2曲、オリヴァー・ネルソンのアレンジで2曲。全部で11曲あったのかな。

ーービル・ホールマンのアレンジはどういう特徴がありますか?

挾間 ビル・ホールマンは絶対に無理しない書き方をしていて、無理しないのに本当によく鳴る書き方なんです。私が選んだ曲は"Bemsha Swing"と"Rhythm-A-Ning"でした。"Rhythm-A-Ning"はサックスがすごく派手で盛り上がるので選んだっていうのと、"Bemsha-Swing"はミドル・ラテンの雰囲気がすごく楽しかったので選びました。私が選んだモンクのソロピアノ曲はルバートになったりゆっくりになったりする曲が多かったんです。だから、それ以外は派手な曲を選びたくて。

ーーなるほど。

挾間:あと、オリヴァー・ネルソンがアレンジした『Monk’s Blues』はモンクが存命中に参加している唯一のビッグバンド・アルバムなんです。『The Thelonious Monk Orchestra At Town Hall』という作品も有名ですが、そちらは楽器編成がホルンとかチューバとか入っていてちょっと違うので、正規のビッグバンドのアルバムっていうとそのオリヴァー・ネルソンのアレンジしかないのです。ただ、ところどころ歯抜けだったんですよ。トランペットが3人しかいなかったりとか、トロンボーンも3人だけの編成だったりするので、自分で全部書き直して、全員で演奏できるようにコピーし直しました。

ーーけっこう調べたけど、モンクの曲ってあまり大きい編成ではカヴァーされてないですよね。がっつりアレンジして「譜面に書いてある」っていう感じので浮かぶのもウィントン・マルサリスの『Standard Time 4: Marsalis Plays Monk』とか限られてる。ビッグバンドでモンクをやってるのはほとんどないなと思って。

挾間 ちなみにジェイソン・モランのトリビュートは『At Town Hall』のリプライズなので、『At Town Hall』をもとにすると同じになっちゃうんですよ。

ーーなるほど。じゃ、その方法は使えなかったと。他にはリンカーン・センターとかでやられているような企画ものくらいしかないですよね。

挾間 そう、リンカーン・センターやケネディ・センターの譜面はなかなか取り寄せられないと知っていたので、それ以外の譜面を探しました。でも、ビル・ホールマンの譜面も取り寄せるのがすごく大変で。

ーーそれはなんでですか?

挾間 "Bemsha Swing"は売っているから買えばいいだけだったのですが、"Rhythm-A-Ning"の譜面は売ってなくて。大変な騒ぎでした。探したけど全然見つからないので、最終手段で本人の連絡先を探り当てて、メール攻勢したんですよ。でも、もう90歳だから全然返事くれなくて笑。彼と近しい知り合いに頼んでも返事こないし、もう諦めるか、という頃に、偶然D.C.のミリタリー・バンドの友人が「たぶんうちのバンドにあるよ」って言ってくれて、速攻で取り寄せたんです。でも、大きいパート譜がパラパラあるだけだったから、それを自分でパソコンに打ち直してなんとかデータにしました。

ーービッグバンドのモンクが少ないのは意外ですよね。こんなに有名だし山ほどカヴァーがあってもおかしくないのに。

挾間 そうなんですよね。モンク本人がピアニストの印象が強いので、それをあまり崩せないのかなってちょっと思ってます。実際にやってみると、すごく自由度の高い曲のはずなのにすごく首を絞められるんですよ。有余があるようで全然ない。4 小節しかメロディがなくてすごく単調なはずなのに、和音1つ変えちゃうとその曲じゃなくなってしまうような感じがあるんです。どの曲もテーマは和音1つ変えられず、リズム1つ変えられずそのまま提示するだけ…そうしないと彼の曲らしさがなくなっちゃう。でもそれってすごいことだと思うんです。ピアニストとして彼の曲に挑むとか、彼のピアニズムを意識して彼の曲のトリビュートするっていうのは多いのかもしれないけれど、“コンポーザーとしてのモンク”にスポットライトを当てた作品が少ないっていうのが大編成に編曲されたモンク作品が少ない理由なのかなと思います。

ーー『That's The Way Feel Now』っていうハル・ウィルナーがプロデュースしたモンクのトリビュート盤があるんですよ。参加してるミュージシャンにジャズの人は半分くらいかな。すごい変な組み合わせで。

挾間 へぇ、これ知らないです。

ーーハル・ウィルナーって映画関係の人で、キップ・ハンラハンみたいなことをキップ・ハンラハンよりも前にやってた人がプロデュースしたもので。そういう変な組み合わせの企画モノを、最初がニーノ・ロータで、次がモンク、あとディズニーとミンガス、ハリー・スミスっていうフォークとかカントリーの研究家のトリビュート盤を作ってて。これはジャズを聴かない人にも有名なモンクのトリビュート盤ですね。

挾間 ギル・エヴァンスが入ってる。

ーーそうそう。あとスティーヴ・レイシーとか。ブルーノートの社長のドン・ウォズがやってたバンドとか、トッド・ラングレンとかがほとんどアレンジは変えずに音色だけ変えてるカヴァーとかあって。全然違う楽器編成で割とそのままなぞってるのが多いんですよね。別のアルバムだと、クロノス・カルテット『Monk Suite』もそういう感じですね。

挾間 懐かしいですね、これはよく聴きましたよ。

ーーこれはどういう印象?

挾間 最近もう全然聴いてないからなぁ。聴いた当時はすごいなと思いました。でもそれはたぶん、曲がすごいと思ったんじゃなくて演奏がすごいと思ったからで、あんまり曲として聴いていたイメージはなかったかもしれない。まだ中学生くらいだったので、弦楽器でもこういう演奏ができるんだっていう印象のほうが強かったです。"Misterioso"好きだったなぁ。

ーーちなみにこういう『Blue Note; Blue Note Plays Monk's Music』ってコンピレーションがあって。

挾間 これはいつの?20年近く前?

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ーーブルーノートがコンピレーションを乱発してた頃で、1999年ですね。ブルーノートの音源の中からモンクのカヴァーだけ集めたもの。

挾間 へぇ、これは知らなかったです。こんなのあったんだ。これもギルが入ってる。このジャケット可愛い。

ーーとか、モンクのカヴァーって、いろいろあるんですけど、このハル・ウィルナーが一番強烈で。ふつうにやってるだけなんだけど、音色が変わると印象が全然変わるのが面白くて。シンセ、打ち込みとかバキバキ入ってて、それと並んでランディ・ウェストンとかが入ってるんだけど、いい感じにまとまってて。

挾間 カーラ・ブレイもそんな感じなんですか?

ーーすごく変えたっていう感じではないですね。ちょっとだけカーラっぽい歪みはあるけど。わりとみんなメロディをそのまま弾いてる感じがあって、モンクの曲の縛りの強さがわかる感じです。

挾間 自分でモンクの曲をやってみた感想は、「どこまでいじろう…?」みたいな感じでした。『ザ・モンク:ライヴ・アット・ビムハウス』に収録されている中の4曲は完全にモンクのソロピアノ演奏のオーケストレーションなので、それに関しては素直にオーケストレーションしました。でも"Thelonious"、"13日の金曜日"、"Epistrophy"の3曲は自分で勝手に料理しようと思って選んだ3曲だったので、バランスをどうしようか考えました。

ーーこの"13日の金曜日"、めちゃくちゃ変わってますよね。

挾間 それこそテーマのコード進行も変えられない、変えたら違う曲になっちゃうから。なので、テーマはそのまま生かし、途中で違う方向へ振り切っちゃっいました。たぶん飽きちゃったんでしょうね、あの4小節をずっとループしていることに。みんなに「変ですね」って言われるんだけど、自分でもなんでああなったのか全然覚えてないんです。(笑)

ーーこの"13日の金曜日"のあのガラっと変わる瞬間のアイディアはどういうところからきたものですか?

挾間 "13日の金曜日"はわりとけっこう自分の思うがままに、インスピレーションの思うがままに書いたので、勢いです。たぶん、1.ループに飽きた、2.息の長いものを聴きたかった、3.四拍子でずっと演奏するのはいやだと急に思い始めた、っていうところだと思います。
"Thelonious"はメロディの中心が「B♭」の音で出来ているんです。「B♭」でチューニングできるのは吹奏楽だけ。管弦楽でチューニングすると「ラ」になっちゃうんですね。この編成じゃないと「B♭」のチューニングを活かせないので、この曲は絶対にチューニング「B♭」で入っていくって決めていましたし、コンサートでも1曲目に演奏しました。中間部分では、「B♭」を活かしてどれだけの種類の和音を作れるか、をテーマにしてます。ハーモニーをコンセプトにしているので1曲通してB♭がドローンでずっと鳴っていたとしても意外と全部演奏できるんですよ。
"Thelonious"はハーモニーに凝って作ったので、"Epistrophy"はリズムをメインに考えて、途中で何箇所かリズムモジュレーションして曲が展開していく、という風にしようと思って。それがこの3曲のポイントです。

ーーモンクの曲ってそういうリズムのモジュレーションと相性はいいと思います?

挾間 いいと思います。特に"Epistrophy"はもってこいだと思います。そもそもがポリリズムの曲なので、上はスイングだけど下は3連符で動いていて、その3連符を次の小節の8分音符にすることもできればその逆だって可能なわけだし…そういう意味ではもってこいの曲。あと曲の構成が8小節とか16小節のように単純じゃなかったりするので、そういうのも活用しやすいと思ってます。

ーーなるほど。けっこう新しめのカバーを聴いてるとリズム的にそういうアレンジが多いですよね。だから、ポリリズムや中途半端な拍子が好きなコンテンポラリーなジャズのミュージシャンが挑戦したくなるというか。

挾間 そうですね。素材が短い曲も多いので、どうにでもできるっちゃできる。ただわたしにとっては、意外とどうにでもできないな、っていうのが全てやり終わった後の感想です。わたしのアレンジャーとしての 信条というか、絶対に心がけたいことは、自分がいじってベターにならなければならないわけです、もとの曲よりも。それは言い過ぎかも知れないけれど、少なくとも自分の中ではそうでないとまずその曲をいじる意味がない。でもモンクの曲の場合はいじった瞬間にそれこそ違う曲になっちゃったりその曲っぽくなくなっちゃったりするので、それは自分の信条に合わないというか、だったらいじらない方がいいっていう結論になってしまうので、そういう意味でのバランスの取り方は大変だったかな、と思います。もちろん面白いチャレンジではありましたけど、意外とガラっと変えられない。ドッグランにいるんだけど首輪をつけられている犬の気分です。手綱は長くてどこへでも走れるんだけど、首輪はついてる。

ーーそれの数少ない糸口が"Epistrophy"だったらリズムだったり"Thelonious"だったらハーモニーだったりっていう感じですか?

挾間 そうです。"13日の金曜日"は、コンサートプログラムの中に"Bemsha Swing"しかラテンぽいアレンジの曲がなかったので、もう1曲同じ雰囲気のものを増やしたいなと思っていて、どういう曲にしようか考えていた時に聴いて、一発で「あ、これはいける」って思ったので、一番楽でした。

ーーこの曲はすごく挾間美帆っぽい感じです。

挾間 みんなに言われます。それと、「演奏が誰もモンクっぽくないですよね」という感想も多くいただきます。(笑)確かに、誰もたぶんモンクを真似しようと思って演奏しているわけではないから新たなものであるし、メトロポールはとても良い意味でマイペースなオーケストラなので、結果すごくメトロポールらしい音になってると思います。モンクをすごく客観的に見たアルバムだし、モンクをすごく客観的に見た演奏になってる。悪く言えば醒めている、良く言えば客観的。そういう意味では他になかなか無いアプローチかなと思います。

ーーメトロポールは過去にモンクをやったことはあるんですか?

挾間 どうなんだろう。例えばライヴや放送の一環でやったことはあるかも知れないけれど、こういうトリビュート・コンサートみたいなものをがっつりやったことはないと思います。あとビッグバンド自体でツアー回ることもけっこう少ないみたいで。もしかしたら全体のオーケストラでなんかやったことはあるかも知れないですけれど。

ーーちなみに"13日の金曜日"でギターがすごく目立っていて。ビッグバンドのリズムとかじゃない感じでいきなりギターが入ってきて面白いなって。

挾間 わたしはほとんどリズム隊のためには譜面は書いていないので、彼らのセンスです。ピアニストとギタリストのことはすごく信頼しているから、けっこうお任せしちゃってたんです。ああいうことを平気でできちゃうので2人とも天才だと思います。

ーーカート・ローゼンウィンケルとか、ギタリストでモンクをやる人も多いじゃないですか。わりとみんなクリーンなトーンでコンテンポラリーな感じでやるんだけど、これはそういうのとも全く関係ないギターがいきなり入ってきたと思って、今までに聴いたことがない感じでちょっと戸惑いました(笑

挾間 いつもの彼の音でやってる感じかな。本当はビッグバンドのいちギタリストっていう感じだったんですけど、ミックスで音が立ってフィーチャリングみたくなっちゃって笑。でもわたしは彼のプレイが好きだから面白いです。

ーーああいうのは聴いたことなかった。モンクで「えっ」って驚くようなものは、ジャズの人以外がやったものはあるけど、ジャズの人がやったものにはそんなに多くないから。あのアレンジはすごく特殊だと思います。例えば、最近出たMAST『Thelonious Sphere Monk』はジャズギタリストでもあって、同時に「Jディラやフライング・ロータスが好きです」みたいなビートメイカーでもある人のモンク集で、モンクをよくわかってて、上手く解体して再構築した感じがすごく面白いんだけど、そういうジャズだけの視点で見てない人じゃないと変なのはあまりないかも。

挾間 そうですね。

ーーさっき飽きたから変えたって言ってたけど、曲の感じがいきなりバッて変わってもモンクの曲って違和感がないところもないですか?ジェイソン・モランとか、ロバート・グラスパーとかまさにそうなんだけど、コラージュみたいにして作る人がすごく多いんですよ。

挾間 どうなんだろう。でもあまりにもピアニストとしてのモンクのキャラが濃すぎて、ピアノでトリビュートを作ると自然とモンクの弾き方に似せたくなってしまうというか、ああいう弾き方をするからああいう曲に聴こえる、っていうことはある気がする。だから、違う楽器に置き換えることで楽になるというか、曲として客観的に見られるようになったっていうのはあります。"Crepuscule With Nellie"は曲としてのキャラも強すぎて、曲のできた経緯も鑑みると絶対に大きくは変えられない、変えたくないと思いました。でもメロディをトロンボーンに置き換えただけで自由度が広がった。

ーー挾間さんはピアニストじゃなくて、編曲家として臨んでるから...

挾間 曲として素直に向き合えたっていうところがあるかも知れません。そのくらいピアニストとして強烈じゃないですか、やっぱり。

ーーまさに"Crepuscule With Nellie"のジェイソン・モランのアレンジがすごく変で、先日、ジェイソン本人に聞いたら「もともとソロがない曲だからソロをやったらどうなるか考えてやった」っていうのと、「いくつかのパートに分けてそれをいろんな感じで組み替えてコラージュするように作った」って言ってました。

挾間 これこそまさにそうなんですよ。曲の構成(フォーム)が変なので、どこからAメロでどこからがBメロなのかは個人の判断に委ねられる気がします。ジェイソンはもしかしたらわたしと違うふうに判断したものを組み立ててコラージュしていったんじゃないかな、と思っています。ソロコーラスがないのはジェイソンの言う通りです。すごく不思議な曲だからわたしも取り上げたくて、今回のプログラムに入れました。でもこのままじゃなんの変哲もないアレンジになっちゃうので困っちゃうな、というところだったんですけど、不思議なイントロをちょっと足したソロピアノ演奏の映像が残ってたんですよ。それで「これだ」と思って、それをもとにイントロを作って足したんです。
挾間 話があっちこっち行っちゃうんですけど、今回オーケストレーションをしている中でトロンボーンをメロディに使うことも多かったです。たぶんモンクの頭の中で鳴っている音楽のレンジがその辺で、男性が歌う音域に近いからなのかな、と思ったりもしました。"Ruby My Dear"も、本来ならピアノの鍵盤もあるし絶対弾けるはずなのに、『Thelonious Alone in San Francisco』でのソロ演奏で、モンクはクライマックスの時に1 オクターブ下で弾いてるんです。それはたぶん彼の中で鳴っている音楽がピアノじゃかったんじゃないかな、って思っています。ピアノだったら、簡単に存在する高音域を弾けばいいだけなので。モンクの頭の中ではピアノじゃない楽器で鳴っていて、例えばチェロとかフレンチホルンとかトロンボーンが高い音を出したっていう前提で弾いている気がして。すごく感動したんですよ。
挾間 全体を通してそういうことがすごく多かった。"Crepuscule With Nellie"の時も音域的にトロンボーンが一番甘く吹けたりとか一番バリバリって吹けたりとかするところに高い音があったりして、自然にこうしたいなっていう気持ちが出てきました。その音色とか音域の感覚で、わたしはこの曲のフォームを定めたかも知れないです。

ーーモンクがトロンボーンとやってるものって聴いたことはないですね。コンボとかでトロンボーンが入ってるのってまず無さそうだし。でも、音楽としては確かにわりと中低域くらいの印象が強いですよね。

挾間 弾いてる時の音色とか叩き方ひとつで「どの楽器にしようかな」とか「ミュートにしようかな」とかなにも迷わずに、聴いてそのまま出力したらすぐに出てくる感じなくらいモンクの演奏は色彩に富んでいました。

ーーピアノの色彩はたしかにカラフルですよね。『That's The Way Feel Now』でもシンセやプログラミングとも相性がいいのはそういうことかもしれない。

挾間 ピアノソロの演奏をここまで聴くようになって初めて気づいたかも知れない。それまではやっぱりキャラの濃いピアニストという印象が勝っていたけど、すごくピアノをオーケストラの一員としてというか、音楽全体の中の役割として捉えていた人なんだなと思いました。ピアノをピアノとして捉えるピアニスティックな演奏では全然ない。カルテットの時でも演奏しないでずっと座ってるだけの時もあるくらいで、彼の中でもしかしたら気分的にそうだっただけなのかも知れないし、音楽的にみて「別にずっと伴奏してなくてもここでスパイスが入った方が美味しくない?」とか思っていたかも知れない。ソロピアノの時も、音楽を表現しようとするピアノの演奏であるなっていうのがすごくよく伝わってきました。

ーーいきなりですけど、モンクとデューク・エリントンの違いや共通点についてはどう思いますか。

挾間 エリントンはビッグバンドの中でのピアニストっていう立ち位置の印象がわたしはすごく強いので、エリントンに対しては、ベーシックからの足し算だと思ってる。ほとんどなにもしないところで重要な時になにかを足していくイメージです。書いてあるものがもうエリントンの頭の中にあるから、ピアノが邪魔しなくてもいいところがあるっていうことを彼はよくわかっていたはずなんです。他の楽器が大きく鳴っている時に自分が弾いても意味がないからね。でも「ここでこういう和音を弾いたらこういう倍音が浮き上がってきてオーケストラがよく聴こえるな」とか「フォルテになってるところで音量自体をガッと底上げできるな」とか「小さいところでここでこの音域でフィル(合いの手)を入れたら目立つよな」とか、そういうことがエリントン自身の中でよくわかっているからそこを足すためのピアノだと思っています。
でもモンクはそういう大人数のためのピアニストでは絶対にないと思うので、完全にもう自分のキャラが立っているピアニストです。会ったことないから本当のパーソナリティはわからないですけど、無口な人だったとすれば演奏もそういう感じ。必要以上のことは絶対にしない。スコアが頭に入ってそれに対応しているのではなくて、その場で演奏している人たちの演奏を客観的に見て演奏しているイメージですかね。

ーー時代的にもそういうスタイルの人ですね。

挾間 2人に共通してあったのは音楽を音楽として捉える力がちゃんとあったっていうことですね。ピアノだけに夢中にならずに、幽体離脱じゃないですけどちょっと離れたところから自分が演奏している姿を見ているというか。

ーー客観的で俯瞰的なところですね。モンクがエリントンの曲だけやってるアルバム『Plays Duke Ellington 』とかもありますよね。だから、モンクってどこからも離れている印象があるけれども、その2人だけは近いんじゃないかっていうイメージはぼんやりありますが。

挾間 コンポーザーとしての客観的な見方ができるって意味ではすごく近いんじゃないでしょうか。

ーーでもキャラクターはやっぱり全然違いますよね。あえてモンクと近いものがある人って浮かびますか?例えばウェイン・ショーターとか?

挾間 パッて思い浮かぶのはそれこそハービー・ハンコックとかウェイン・ショーターとか。色があって、音楽を客観的に見ることができる人かな。でもモンクほどキャラ濃くないかなぁ。キャラの濃いピアニストといったらヴィジェイ・アイヤーだけど、ヴィジェイのピアノはピアニスティックだとわたしは思っているので。音楽というよりはすごくピアノっぽい。そういう意味ではちょっと違うかな。

ーーヴィジェイはなんだかんだいってピアノの音楽ですもんね。

挾間 そうですね、ピアノ以外じゃ演奏できない、まさにピアニズムだなって思います。

ーーマンハッタン音楽院にいた時に課題としてモンクでなにかするとか、そういうのはありましたか?

挾間 ないです。1年の内に習得しないといけない30曲っていう中には入っていましたけど。

ーー "Round Midnight"とか?

挾間 それは学部生のリストに入ってました笑。わたしは院生だったので、院生はもうそれは知ってて当たり前ゾーンだったかな。ちょっとうろ覚えですがそれこそ"Thelonious"とかが院生のリストに入っていたかも。でもわたしは大学院に入った時点で学部生より知識がなかったので、学部生の4年分、つまり120曲を聴くところからスタートしなきゃいけなかった。それこそ"Round Midnight"とかも必死に覚えました。

ーーマリア・シュナイダー以降の作曲家の人ってモンクのことどう思ってるんだろうってふと思ったんですよ。挾間美帆とモンクって普通に考えて変な組み合わせですよね。印象としては別のところにいるように見えちゃってるだろう、挾間美帆とビバップやハードバップって。

挾間 あ、わたし?(笑)でもそれでいいんです。アレンジャーとしてはそういうことが出来て当たり前だと思ってるから。

ーーモンクって変なイメージが強いじゃないですか。それで変な曲、変な演奏のイメージが大きい。でも意外と楽しいですよね。楽しくスイングする。

挾間 本当にそうですね。書き手として曲に素材に当たる時に「余地がありすぎてどうしよう…」みたいにもならず、「いっぱい詰め込まれすぎててどうしよう…」っていうふうにもならず、すごくいい加減で首を絞めてくるところとかモンクは絶妙だなと思いました。

ーーそうですね。個人的にモンクの音楽をまとめて聴いたら、想像以上に「ジャズ喫茶でおじさんが喜ぶような快感」が薄くてびっくりでした。ラリって演奏してる感じのジャズが好きなタイプのリスナーにもうちょっと向いてる音楽なのかなって思ってたけど、セッションしてるようなタイプでカヴァーすると全く面白くないんですよね。

挾間 そうなんですよ。そこがすごく不思議。ラリってるように見えていて実はすごく完成しているという、その感じ。絶妙ですよね。本当に天性ですよ。感覚でこういう曲が書けてるとしか言いようがないです。教養でこういう曲が書けるとはわたしは思わないので、センスで書けていると思います。

ーー理論上はというか、教科書的には正しくないところはいっぱいあるんですよね、きっと。

挾間 理には敵ってないところもありますね。何にも縛られずに作っている感じかな。それでこれだけの特徴があるんだから、それは感覚じゃないですかね。繰り返しになっちゃうけど、いじり甲斐のあるようで意外と縛りもある、本当に面白い音楽だなと思います。
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