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紫の花咲く季節/シドニー旅行記1

 久しぶりの海外旅行は、初めての南半球、オーストラリア。海辺の都市、シドニーに滞在しました。旅行記を書いたら、一緒にnoteを作っているMihokoとNorikoに長いから分けてはと提案されたので、シリーズでお届けします。


本と映画で旅の予習

 オーストラリアを旅することになったのは、偶然だった。学生時代からの友人Mihokoがシドニーに行くと聞き、冗談半分で「私も行きたい」と言うと、「2ベッドの部屋を押さえてるから泊まれるよ」という。Mihokoの旅に便乗することで、久しぶりの海外旅行が一気に現実のものになった。こんなことでもなければ、一生オーストラリアに行くことはなかったかもしれない。

 旅に出る前に、村上春樹さんの著書『シドニー!』を読み返す。2000年に開催されたシドニーオリンピック観戦記だ。この本、前編しか持っていなかったことに気づき、後編も購入し、通して読む。『シドニー!①コアラ純情篇』『シドニー!②ワラビー熱血篇』の2冊だ。
 オリンピックの話題が中心だが、合間にオーストラリアの歴史や風土のことにも触れられていて、オーストラリアという国を知る助けになった。旅の間に、この本の記述を思い出す機会が何度もあった。

 シドニーは、オリンピックを前に公開された映画『M:I-2(ミッション:インポッシブル2)』(2000年)の舞台にもなっていた。映画の冒頭でオペラハウスやシドニーの街の全景が映し出される。危険なウイルスを巡る攻防を描くこの映画。コロナ禍を経験した後では、以前とは違って見えてくる。バカンスに行く時は行き先を教えるように、とボスからのメッセージ。「行き先を教えたらバカンスにならない」とトム・クルーズ演じるイーサン・ハント。その通りだ。

 ガイドブック『地球の歩き方』に掲載されていた記事も参考に、オーストラリアを舞台にした映画を探した。砂漠をラクダで横断した女性の実話を描いた『奇跡の2000マイル』、メル・ギブソン主演の『マッドマックス』、オーストラリアの奥地で暮らす男性がニューヨークに行き騒動を巻き起こす『クロコダイル・ダンディー 』、ニコール・キッドマンとヒュー・ジャックマン主演の『オーストラリア』を見た。どの映画でもオーストラリアのスケールの大きな、というか荒涼とした自然の様子が描かれる。

 都市から離れると砂漠があり、ワニやヘビが潜む森や沼地があり、海にはサメが出る。『マッドマックス』に出てくるような荒くれ者も怖いし、ワニやヘビやサメも怖い。バイオレンスな『マッドマックス』を見て、オーストラリア怖い、と思ったが、調べたところ、近未来という設定だった。よかった。ちなみにこの映画は漫画『北斗の拳』に影響を与えているという。

 映画『オーストラリア』では、ニコール・キッドマン演じるイギリスからやって来た貴族の女性と、オーストラリアに住むワイルドなヒュー・ジャックマンが、牛を追って広大な大地を移動する。砂漠も行く過酷な旅だ。後半では、第二次世界大戦時に日本軍がオーストラリアを襲撃した史実が描かれている。日本がオーストラリアにまで攻め入っていたとは知らなかった。こんな遠い所まで、と驚く。そう思っていたところ、今度は井伏鱒二の『荻窪風土記』を読んでいて、オーストラリア軍が戦後、日本に駐留したと知った。

 『誓い』と言う映画には、オーストラリアの祝日になっているアンザックデイの由来が描かれている。映画は見ることはできなかったが、その紹介文を読み、第一次世界大戦でオーストラリアの若者たちが犠牲になったことを知る。ハイドパークにあるアンザック戦争記念館はこの戦争についてのものだ。ホテルの部屋でテレビをつけると、今も世界で起きている争いの様子が映し出された。

反対の季節

花いっぱいのハイドパーク

 私にとって、初めての南半球。季節が反対になる、ということを頭で分かっていても、どうしてもピンとこない。以前、オーストラリアからの留学生の女性に英会話を習ったことがある。クリスマスの写真を見せてもらうと、ビーチに集まり、サンタの赤い帽子を被って楽しむ人たちが写っている。真夏のクリスマスに不思議な感じを覚えた。

 10月末に旅行したのだが、出発が近づき天気予報をチェックすると、気温差が激しい。1日の気温差も大きい。最高気温が30度近い日があるかと思えば、20度以下の日もある。それは日本も同じで、ちょうど気温は私の住む地域と同じくらい。つい、この先寒くなるかもしれない、と思ってしまうが、オーストラリアはこれから暑くなっていくのだった。

 当初、30度近い予報だったので、衣替えでしまう前にと夏服を中心にスーツケースに詰めていたが、出発間際になって予報の気温がぐっと下がった。同時に日本の気温も下がり、出発当日は肌寒く、薄手のコートを持参することにした。結果的にこれが大正解。コートがなかったら寒さに震えるところだった。

 9月から10月にかけてシドニーに滞在したという村上さんの本にも、暑くて半袖で過ごした、という日もあれば、雨が降り寒さに震えたという記述もあった。どんな服を持っていけばよいのか悩み、いろいろなパターンで用意した結果、ホテルに着いて荷物を開くと、やたらと服ばかり出てくる。2週間くらい滞在するんじゃないかというくらいの数になっていた。 

海辺の植物園

 日本を夜出発し、シドニーには朝到着した。空港から電車でシドニーの中心部に向かう。ホテルにはお昼前に着いたが、すぐに部屋を使うことができたので助かった。時差は2時間しかないので、日本と連絡をとる時も時間を気にしなくていい。気にしなくていいので、急ぎの仕事の対応もする羽目になる。

 初日は海辺にあるRoyal Botanic Garden(王立植物園)へ向かった。オーストラリアでワーキングホリデーを経験したという英会話スクールのマネージャーさんに勧められた場所だ。ホテルからハイドパークを抜けて、のんびり歩いて行くことにする。天気がよく暖かい日で、公園では芝生の上でくつろぐ人たちがいる。制服姿の中学生くらいの男の子たちがぞろぞろと帰宅している列に出くわす。ある学校は短パンにハイソックス、別の学校のパンツ丈は長い。

 植物園はものすごく広い。まずはバラ園に向かう。見頃を過ぎかけていたが、色とりどりのバラの花が咲いている。秋バラだと思いかけたが、シドニーでは春のバラだ。その根元を嘴の長い見たことのない鳥が歩いている。

Mrs.Maquarie's Point

 カフェで一休みして、案内板にある「Mrs.Maquarie's Point」を目指す。眺めのよいポイントなのだろうかと思っていると、イギリスの植民地だった時代に、この州の総督だったラクラン・マックォーリーの夫人が気に入っていた場所だという。夫人が散歩の途中に休めるように、岩を切り出してつくられた椅子がある。彼女はここでイギリスからの船が港に入る様子を眺めていたという。辺りを眺めると灰色の軍艦らしき船が停泊しているのが見えた。今みたいに簡単に行き来できなかった時代。イギリスから遠く離れたこの地で、故郷を懐かしく思い返していたのかもしれない。

 売店でアイスクリームを買って、対岸に見えるオペラハウスを眺めながら食べる。その後、海沿いの道を歩き、オペラハウスの近くまで行ってみた。ランニング中の人と何度かすれ違う。健康意識の高い人が多いのだろうか。「走る作家」と言われる村上さんは、シドニー滞在中もランニングをしていたというので、私もランニングシューズを持ってこようかと思ったのだが、結局やめた。その代わり、毎日毎日、よく歩いた。

 シドニーでは、紫色の花をつけた樹木をよく目にした。植物園の中の木は、かなりの高木だ。街路樹にもなっている。1日ツアーに参加した時、Mihokoがツアーガイドの男性に花の名を尋ねると、ジャカランダという木だと教えてくれた。Cherry Blossom、ちょうど日本の桜のようなものだという。調べたところ、南米の亜熱帯を原産地としている花木で、「南半球の桜」と呼ばれているらしい。桜のように街のあちこちに咲き、季節の移り変わりを告げているようだった。

街中が動物園みたい

 植物も動物も日本とは違い、見慣れない景色が広がる。日本では見たことのない鳥が悠々と地面を歩き、熱帯植物のような木が茂っている。植物園や公園で見かけた嘴の長い鳥は、Mihokoがツアーガイドの男性に尋ねたところ、トキの一種だった。オーストラリアには独自の進化を遂げた動物や植物があり、この生態系を守るため、空港でも動植物の持ち込みを厳しくチェックしている。Mihokoも言っていたが、私たちにとって街中が動物園みたいだ。

オーストラリア博物館

 「オーストラリア博物館」では、この国の独特の動物や恐竜の化石が展示されている。たくさんの鳥の展示が印象深い。巨大なワニに、いろいろなヘビ。村上さんもこの博物館を訪れた時のことを書いている。本の中で、オーストラリアに棲む奇妙な生き物たちのこと、ワニやヘビ、サメが出没した話が書かれていたのを思い出す。滞在中に見たテレビのニュースでは、サメの被害を伝えていた。
 本の中で、「ブッシュ・フォイア」、山火事に遭遇した話が書かれていたが、私が滞在している間も、テレビのニュース番組では毎日のように山火事について伝えていた。日帰りツアーでシドニーから郊外へ向かった時にも、山火事の後を目にした。ずいぶん黒い木だなあ、と思ったら、焼け焦げた幹だった。私はあまり聞き取れていなかったのだが、Mihokoによるとガイドさんが「先週は火事で道路が閉鎖されていて、迂回しなければいけなかった」と話していたらしい。道路のすぐそばにまで火が迫っていたことになる。

 ツアーでは「The Australian Repitile Park」に立ち寄った。Repitile、爬虫類だけでなく、コアラやカンガルー、カモノハシにタスマニアデビルなど、オーストラリアならではの動物たちがいる。ちなみに、ワニにはクロコダイルとアリゲーターという種類があるらしく、クロコダイル科のワニは最大6~7メートルになるものもいて、大型で性質が荒いものが多い。映画『クロコダイル・ダンディー』に出てくるワニだ。

クロコダイル

 私はコアラを見るのは初めて。本物のコアラはモコモコしていて、ものすごくかわいい。村上さんの本の中に、コアラは寝てばかりいると書いてあったが、本当に木の上でじっと目を閉じ眠っていて、時々口をモゴモゴ動かしている。
 本にも書いてあったが、コアラが寝てばかりいるのは、繊維質で毒素を含むユーカリの葉を食べ、消化にエネルギーを必要とするからだという。「Australian Koala Foundation」のサイトにある「コアラ豆知識」によると、睡眠時間は1日18〜20時間。なかなか起きているコアラを見られないわけだ。係の女性が抱く赤ちゃんコアラに触らせてもらうと、毛がフカフカだ。あまりにかわいかったので、帰る前にもう一度見に行った。

おやすみ中

カンガルーについて考える

グレイカンガルー

 オーストラリアにはお腹の袋で子どもを育てる有袋類が多くいる。カンガルーやコアラなど、有袋類の赤ちゃんは英語ではjoeyと呼ぶという。カンガルーにはエサをあげることができた。悠々と草の上に寝そべり、人慣れしている。
 それほど大きくないが、オーストラリア博物館の展示で見たカンガルーは巨大で、体勢がまるでボクサーのようだった。殴られたり蹴られたりしたら、命に関わりそうだ。カンガルーがボクシングのグローブをはめたイラストを見た覚えがあり、どうしてカンガルーにボクシングのイメージがあるのだろうと思ってネットで調べてみると、カンガルー同士が争う時の様子がボクシングをしているように見えるからだという。

博物館で見たカンガルー

 Mihokoがガイドの男性に聞いたところ、私たちが見たのはグレイカンガルーという種類らしい。Mihokoが調べてくれたサイトによると、グレイカンガルーとアカカンガルー(レッドカンガルー)という種類があり、アカカンガルーはグレイカンガルーの2倍以上のサイズらしい。グレイカンガルーにも大きなものと小さなものがいるというが、私たちがツアーで見たグレイカンガルーは体調1メートルくらいだったろうか。近づいて撫でても平気だった。

 さらに調べてみると、カンガルーの種類は50以上にも上るという。体長25cm、体重0.5kgほどの小さなものから、体長160cm、体重85kgという大きなものまで、種類によって大きさが違う。「ワラビー」は別の種類なのかと思っていたが、小型のカンガルーをこう呼ぶ。カンガルーの中でも大型のアカカンガルーの雄が立ち上がると、2メートル近くなる。
 出発前に見た映画『奇跡の2000マイル』では、「野生のカンガルーに出くわしたら迷わず撃て」と危険な動物として描かれていた。映画『オーストラリア』で、車窓からカンガルーの姿を目にしてニコール・キッドマン演じるイギリス人女性が微笑んだ直後に、同行していたオーストラリアの男たちがカンガルーを射止め、その日の食料にする、という衝撃的なシーンがあったことも思い出した。

 学生時代にオーストラリアを旅したNorikoによると、「ルーバー(カンガルーバー)」というガードみたいなものを付けた自動車があり、「野生のカンガルーが急につっこんでくると車が壊れるので」と聞いたそうだ。日本で、野生の猪と車の事故が話題になることを思い出した。カンガルーは時速50キロ以上で走ることができるらしい。時速70キロに達することもあるという情報も。驚異的な身体能力だ。

 Norikoは旅の間、ルーミート、カンガルー肉を使った「ルー・パイ」などを食べたという。私は今回、カンガルー肉やワニ肉などの料理には出くわさなかった。そういったレストランに行く機会がなく、スーパーでルージャーキーを見かけたくらい。ルーミートはヘルシーなお肉として日本でも販売されている。

Mihokoが車窓から撮影した野生のカンガルー

 日帰りツアーの途中では、車窓から野生のカンガルーの姿を目にした。草原にピョコピョコと頭が覗き、群れをなしている。窓の向こうを指差し、「カンガルー!」と思わず叫び写真や動画を撮ったが、後で見ると全然写っていなかった。でも私の声で反応したMihokoの写真にしっかり写っていた。

旅をして知ること

 オーストラリアに行くことがなければ、読み返さなかったもしれない本、見なかったかもしれない映画。オーストラリアに行ったから、知ったこと、気に留めたこと。旅に出たことで、知ることがある。

 この記事を書きながらもう一度映画『M:I-2(ミッション:インポッシブル2)』を見返した。映画の最後に、再びシドニーの街が映し出される。危機を脱した後に広がる穏やかな風景。青空の下にオペラハウスとハーバーブリッジが立つ。この目で見てきた後だったから、懐かしく感じた。

(Text:Shoko, Photos:Mihoko&Shoko)

🔽Norikoのニュージーランドとオーストラリア旅行記

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