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#8-2 無意識

 壇上には金丸と入れ替わりに、中岡が立った。中岡は金丸が作りだした緊張感をうまく利用しながら、囁くように話し始めた。

 「挨拶は動画配信の時に行ったので、いいでしょう。私からは手短に。まずは・・・」そういって少し咳ばらいをし、再び皆の顔を見て言った。

 「モスドナルドが売っているものはなんですか?」

 大手ハンバーガーチェーン店の名前を挙げ、中岡が質問した。皆が呆気に取られていることが、拓真にもわかった。自分もそのうちの一人だ。モスドナルドとサッカーの何が関係しているというのか?

 会議室の後方に座っていた選手が手を挙げる。
「ハンバーガーとポテトです!」後方から笑い声がこぼれた。
「シェイクとナゲットもやろ!あと、スマイルや!」空翔がすかさずツッコミを入れ、我慢していた連中からも笑みがこぼれた。
 「それも正解です。では、他に考えられるものはありますか?」そう中岡が問いかけた時に、拓真は中央に目を取られた。人差し指を上に向けている人がいる。教室に入った時から気になっていたクールな奴だ。
 「青坂くん、どうぞ」中岡が掌を向けながら言った。青坂っていうのか、拓真は横目で彼の姿を追った。青坂は真っすぐに中岡を見つめたまま、「時間」とこたえた。
 中岡は微笑みながら「そうですね、私もそう思います」と言った。

 「ハンバーガーやポテトなどの商品を売っていることは明白です。ですが、肝心なことは、なるべく早く商品を手にしたい忙しいお客さんに、すぐに提供するということです。これはまさに時間を売っていることに他ならないでしょう。また、同じモスドナルドで、こんな視点もあります。彼らはお店の回転率を上げるために、椅子の硬さ、照明の暗さ、BGMなどで、長居ができないようにしています。我々は無意識にコントロールされているのです」

 中岡の言葉に、拓真は驚いた。確かに、友達とモスドナルドに行った時に、30分以上滞在したような記憶はない。食べたらいつもすぐに店をあとにし、落ち着いたカフェに向かう。

 「人は知らないことは認識できません。見たいものしか見ようとしないという、脳の癖や習慣もあります。大切なことは、無意識を意識化すること。好奇心を持って、様々なことを知ろうとすることです。サッカーでも同じことが言えます。常識を疑って下さい。自分の見える世界を広げて下さい。そうすれば、必ずプレーのパフォーマンスに反映されます。私から言いたいことはそれだけです。では、次の場所へ向かいましょう」


 廊下を歩きながら、拓真は中岡の言葉を反芻していた。「常識を疑え」散々聞いた言葉ではあるが、改めてこの空間で聴くと、特別な意味が込められているように感じる。

 周囲に目をやると、先ほどまでの警戒心が薄れ、数人単位で話を交わす様子が見えた。空翔は積極的に色んな人に声をかけている。自分の後ろを歩いているのは、青坂とアンヘルだ。驚くべきことに、彼らはスペイン語で会話をしている。拓真は少し遠慮がちに、青坂に声をかけた。

 「やあ、青坂くんだっけ?さっきの時間って答え、よくわかったね」
 「ああ、どうも。君は?」青坂がアンヘルとの会話を止め、拓真の方を向いて訊いた。
 「話し中だったよね、ごめん。俺は拓真、今井拓真。よろしく」
 「よろしく」
 そういったきり、青坂はアンヘルの方を向き直った。アンヘルもまた、笑顔で親指を立てて拓真に挨拶をしたあとは、大きなリアクションを取りながら青坂の方を見てスペイン語での会話を続けた。

 「クールな奴やな」
 拓真は肩を抱かれた。すぐにそれが空翔だとわかった。
 「なんや、スペイン語ばっかり話しててもわからへんわ。仲良くする気あらへんやん」
 「いや、同じ言葉で話せる人がいて、嬉しいんだよ、きっと。今さっき、一瞬だけど、正直言ってすごい孤独感だった。でも、外国に行ったらこんな感じなんだろうな、って思った。やっぱりすごい奴が集まってるんだよ」
 「ふーん、前向きな奴やなお前は。まぁ確かに、何人か話したけど、おもしろそうな奴多かったで」
 「そうでしょ?明日までにみんなと話したいね」
 「まぁ、俺に任せとき」
 拓真は空翔の顔を見上げながら、強く2回頷いた。


# 8-3  VR   https://note.com/eleven_g_2020/n/nc3603ffc8207


【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11

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