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#11-3 想定内

 グラウンドには、町田大学Cチームの選手たちの姿があった。Cyber FC初の練習試合の相手にとって不足はない。まずは自分がやりたいプレーと、他の選手と協力して作りたいプレーをピッチで探すこと。中岡は選手たちにそう語りかけた。

 「お互いを知ることが大事です。こうして集まった大きな目的の一つですから。そして、相手を観ること。相手に応じて自分たちが少しずつ変わっていく。柔らかい芯を持ちましょう」

 ミーティングの前には金丸から水町についての話が合った。詳細は割愛したが、「自分の判断で帰した」という点に関してハッキリと伝えた。プロジェクトに対しての真剣さを伝えたいという金丸の思いだった。

 選手たちはCatpulled社のGPSバンドをつけ、その上からユニフォームを着た。走行距離、走行スピードのほか、加速・減速、体の傾き、さらに方向転換のデータを取ることが主な目的だ。
 
 キックオフ直前になり、ピッチ内に選手が散っていった。中岡が「便宜上」と前置きしたうえで、システムはGKから数え、1-4-4-2の並びになった。

 前島空翔はGKに入り、CBはアンヘルと、身長は高くはないがスピードがある山田雅司が務める。両サイドバックには、1V1が強い一方で上下動に欠ける、同じような2人が配置された。右の須長祐二と左の中島圭介だ。今井拓真は青坂慶と共にボランチに入り、両ウイングには馬力のある突破が魅力な北口雅人と成瀬亮介が並んだ。梅村修平が2トップの一角を担うこととなり、相方には同タイプの緋田零士になった。

 「線対象に同じようなタイプが並んでいるな」萩中は率直にそう思った。何か意図があるのだろうか。

 対する町田大学は、1-3-5-2のシステムを敷いた。ウイングが下がり気味になり、5バックになる傾向がある。四国予選で対戦するチームにも同じ傾向が見られるため、意図的にマッチメイクしたのだ。撮影用のドローンを萩中が上空に飛ばし、いよいよ試合のキックオフの笛が鳴らされた。
 
 試合序盤から主導権を握ったのは町田大学だった。Cチームとはいえ、関東大学リーグ2部に身を置く強豪だ。全国から猛者たちが集まっている。小気味良くパスを回し、あっという間にCyber FCのゴール前に迫る。プレスラインが定まらず、何度も押し込まれるが、ギリギリのところで守備陣が守り、決定機を作らせない。アンヘルはしきりに前方に対して声を出した。

 「前から行け!連動だ!」アンヘルの声を受け、慶もあとに続いて叫んだ。意図とタイミングがマッチした時には、相手ボール保持者周辺のスペースを圧縮することには成功したが、闇雲に突っ込んでしまうために、キック力のある大学生はひと蹴りで背後を狙ってくる。

 コンパクトさを維持しようと努めても、2列目から走る選手のスピードが速く、慌ててラインを崩しながらクリアをすることで、セカンドボールを拾われて再び押し込まれてしまう。前半15分過ぎにまた前方と後方のプレス意図にズレが生じ、間延びした中盤を巧みに使われ、サイドからの展開から失点を喫した。空翔はとてつもない身体能力で一度ボールに触れたものの、セカンドボールを相手に押し込まれてしまった。

 そこからの展開は見るも無残だった。マイボールになればボールと自分の関係だけのプレーに終始し、背後からのプレッシャーによって突かれ、ボールをロストしてしまう。奪い返されたボールは即座に逆サイドに展開され、厚みのある攻撃から再び失点を許した。防戦一方の戦いに疲労が見え始め、3点目の失点を喫したと思ったが、オフサイドの判定に救われた。30分間の前半が終了し、0-2でハーフタイムを迎えた。

 アンヘルと慶はしきりにディスカッションを繰り返す。周囲との温度差は明らかだった。不安と絶望感に押しつぶされそうな他の選手は、黙って下を向いた。空翔と拓真は必死になり声をかけた。

 「まだまだ、2点差ですんだんやで?いけるって!」
 「そうだよ、うちらがボールを持てていた時間帯もあったじゃん!」

 そんな励ましの言葉を遮るかのように、青坂慶が二人を睨みながら言った。

 「いい加減にしろよ。前半うまくいかなかった原因はお前らにあんだよ。後ろからコーチングもしないGKに何の意味がある?あ?ボランチが勝手に持ち場を離れてどこかに行ったら、中盤がスカスカだろうが。立ち位置ぐらい守れよ」
 「おい兄ちゃん、えらい言いようやな。そこまで言うならこっちも黙ってへんで。お前も言うほど何も貢献してへん。立ち位置、立ち位置言うてるだけで、結局相手の影に隠れてボール受けれてへん。口ばっかりや」
 「なんだと・・・」

 「もうやめろよ!感情的になる言い合いに何の意味があるんだ!俺たちが考えないといけないのは、誰かのせいにすることじゃなくて、相手にどうやって勝つかじゃないの?」拓真が必至の形相で訴えた。

 「セニョールの言う通りだね。タクティカにも問題はあるけど、もっと問題があるのは、良いコムニカシオン、相手に勝つための話し合いをしていないことだ」アンヘルが初めて口を挟んだ。
 「ケイ、君もスペインで何を学んでた?僕と話していたことと全然違う。ソラトの意見ももっともだ」
 「なんだと?」慶が言い返そうと構えた時に、それまで静観していた中岡が口を開いた。

 「初めて出会って、ここまで熱量を持ってぶつかり合える。素晴らしいことじゃないですか。話を聴いていましたが、問題の根本は、基準がないこと、にあるようですね。それだったら、まずは相手の変化に応じた基準点を設けましょう。下を向いている人たち、自信を失う必要はまったくありません。後半に一つでも変化の兆しが見えれば、それが自信となるはずです」

 中岡は全員の目を見て改めて言った。


 「ここまでは、ハッキリ言って想定内ですから」


# 12-1  問題点   https://note.com/eleven_g_2020/n/nc8d70f698a0b


【著者プロフィール】

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映画監督を志す小説家。日本が初出場を果たした1998年のフランスワールドカップをきっかけにサッカー強豪国の仲間入りを果たすためのアイデアを考え続けている。サッカーとテクノロジーが融合した物語、 11G【イレブンジー】は著者の処女作である。

Twiiter: https://twitter.com/eleven_g_11

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