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BTSに衣装提供… 老舗メゾン「Dior」を自由研究してみた(最終回)

デザイナーとして、ビジネスマンとして、ブランドの戦略的な商品展開・海外展開を成功させたディオール。最終回はディオールの死とその後、そしてBTSの衣装についてもふれていく(前回の第2回はこちら)。

たった10年の間の出来事

その後も「アローライン」「チューリップライン」「Hライン」など、代表作を次々と生み出したディオール。

彼が生み出した流行、膨らませた市場、世間への影響を考えても、これがたった10年の間の出来事だと聞けば、驚く人も多いのではないだろうか。

1947年のメゾン設立からちょうど10年後の1957年、ディオールはこの世を去った。死因は心臓発作だった。

亡くなるまでの数ヵ月は、ニューヨークスタジオの責任者に、のちのDior3代目デザイナー、マルク・ボアンを任命。また、1955年以降ディオールの愛弟子であり、のちに2代目デザイナーとなった21歳の若き天才、イヴ・サン=ローランに重要な仕事を任せようと準備していたという。

ディオールの訃報に、アトリエのあるモンテーニュ通り30番地ではすべての窓が黒のベルベットの幕で覆われ、歩道には花束が積まれた。政府が特別に、凱旋門へと続く道の沿道に花束を置くことを許可したほど、ディオールの死は多くの人に悼まれた。

ディオールの死によせて、イヴはこのようなコメントを残した。

「私にとって、Christian Diorで働くことは奇跡が起こったようなものでした。彼は私の人生の大部分を占めており、今後何が起ころうとも、彼のそばで過ごした日々を、決して忘れることはありません」

ディオールの自伝では“幸福”という言葉が強調されている。その幸福は、決して自分の幸福ではなく、女性の幸福、そして時代の幸福を指している。彼はそれを成し遂げるために、静かで平穏な生活を、私人としての自分を捨てて戦った革命家だったのだ。

BTS衣装提供に見る Diorのイズム

最後にBTSへの衣装提供についてふれておこう(ただし、私はファッションやデザインに精通しているわけではないので、ざっと概要を拾っていく)。

Diorがメンズポップバンドのためにステージ衣装を製作するのは、今回が初めてとのこと。

衣装はオートクチュールではなく、2018年11月30日、東京で行われた「2019プレフォール メンズ コレクションショー」のルックが元となっている。

ここで披露されたルックのなかからメンバーが好きなものを選び、クリエイティブ・ディレクターのキム・ジョーンズが「メンバーに合うように作りこんでいった」という。

例えば、ジョングクの衣装は、15番目のルックをもとに、ステージで動きやすいようアレンジしていったと思われる。

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キム・ジョーンズにとって、Diorでのショーはこれが2回目。Diorの前は、LOUIS VUITTONのメンズ部門でディレクターを務めていた。

キム・ジョーンズは、カニエ・ウエストが構想していたブランド「Pastelle」のコンサルトにも着任する予定だった。

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しかし、2009年のMTV Video Music Awardsで、カニエがテイラー・スウィフトのスピーチに割り込みバッシングを受けた。その影響で「Pastelle」の計画は立ち消えてしまったようだ。

とにもかくにも、キム・ジョーンズがヒップホップに親和性のあるデザイナーであることは間違いない。BTSも主軸にあるのはヒップホップ。両者が共通点を見出したことは容易に想像がつく。

そういった条件が合った上で、私が思う今回の衣装提供のDiorらしさは、やはり広報戦略だ。ディオールは、ただ美しいものを作り続けるだけでなく、それをどう世界に広めていくかを戦略的に実行した人物だった。その姿勢はDiorのイズムと言っていいだろう。

現代は1950年代のように、雑誌や街頭に広告を出すだけでユーザーに訴求できる時代ではない。Twitter、InstagramなどのSNSを駆使しつつ、さらに、ミレニアル世代、Z世代と変化するターゲット層も考慮しなければならない。

そんななかで、Twitterで2000万人以上のフォロワーを抱え、Billboard Music AwardsではTop Social Artistに輝いたBTSに衣装を着てもらうのはとても明快で、費用対効果も高いマーケティング手法だっただろう。彼らが着用したのがプレタポルテである以上、同じアイテムを欲するA.R.M.Y(BTSのファンダム)も現れるだろう。それはブランドを運営する利益につながる。

そのようなビジネスの観点で見たときに、とてもDior的だったのではないかと見ている。

ただし、ファンの目線では…

デザインの観点で見てみると、衣装の一部は特別な金属加工が施されており、そこに、メンズ部門ながらDiorのエレガンスが組み込まれているのだと感じた。

しかし、彼らが立つステージはドーム、スタジアムレベルだ。LAの会場、ローズボールスタジアムでは、ほとんどのファンにとってメンバーは米粒同然のサイズにしか映らない。衣装の細部など見えるはずもなく、さらに、衣装が暗いのも問題だ。

特に、ジン(左から2番目)のアウターはネイビーのようだが、とにかく全身が暗い。ほかのメンバーもステージ映えする衣装とはいいがたい。たとえ数曲の間といえど暗い会場で、米粒のように小さいメンバーが暗い衣装を着ているのは、ファンからすると「どこにいるの?」状態でありぶっちゃけ大打撃なのである。

そういった思いもあり、今回の衣装提供は、純粋なクリエイティビティというよりはマーケティングの一環という見方が色濃いように感じた。

ただし、弱小事務所で地道に頑張ってきた7人の少年が、立派な青年となって世界に羽ばたき、老舗メゾンから衣装提供を受けたという事実は、ファンとしては嬉しい限りだ。今後も続くワールドツアー、そしてその後に待っているであろう新作にも期待したい。

▼参考・引用資料
・クリスチャン・ディオール. (1957). 一流デザイナーになるまで. 六月社
・シャルロット・シンクレア. (2013). VOGUE ON クリスチャン・ディオール. ガイアブックス